1

餌木がはじめによこした男は無能だったので踏んで殺した。餌木というものがそもそも気に入らない。餌木の秘書を拉致してみたら、あっさり、殺した男を補う用途で正式に僕にあてがわれた。餌木が気に入らないから奪ったのに。あっさり手に入ってますますその青い髪の男はいらなくなった。こいつがオモチャ箱に来てしばらく経つけれど、相変わらず雑用の合間とかにメソメソ泣いているのでよく蹴る。暗い顔でオモチャになったのが気に入らなかったので、笑うように命じたら、こいつは引きつった笑顔の合間に泣く。「餌木さんに捨てられたのでしょうか」と言って泣く。同じ場所に動かずにいることを命じ、手洗いに行かせず失禁するまで立たせっぱなしにして、失禁したら這いつくばることとと尿を拭くことだけ許可して遊んだ時、自身の粗相を拭うこいつが泣きながら言ったのも「僕は餌木さんに捨てられたのでしょうか」だった。男は声を出して泣いた。僕は別の犬に座って、こいつがこいつの尿を拭う様を鑑賞しながら新聞を読んで煙草を吸ってチーズを食べた。久々に美味かった。捨て犬男が拭うのをやめようとするので、煙草の灰を落としてまた床を拭うように指示した。濡れた下まつ毛が肌に、粗相の染み込んだ雑巾の方向へ放射状に張り付いていた。餌木餌木うるさいクソ犬を掴まされて腹が立ったので餌木に文句言いに行ったら、手紙を持たされた。犬宛の。 【あなたがあなたのままで生きていける程 この世は甘くありません さらの下着と首輪を彼に託してあります どうかお元気で さようなら】 餌木のこういうところが好かない。結局その手紙は捨て犬男に読ませることなく捨て犬男の目の前で細かく細かく破り捨てて撒いた。捨て犬男はまだ泣いた。すぐに這いつくばって手紙の残骸を右手で拾って左手に集めていった。最初は静かに泣いた。半分くらい拾い終わった頃、結構な声で泣き始めた。餌木さん餌木さん言いながらわんわん泣くので、静かになるなら死んでもいいかとペンチで脳天を殴りつけた。細かい紙くずがまた散った。一瞬、ほんの一分程度、静かにはなったが、また泣いた。餌木さんのところに帰りたい、と言って泣いた。餌木さんのお手紙返してくださいと言って泣いた。「餌木さんに、立派になってかえっておいでって、おもってもらってるはずなんです」「餌木さんは優しいから、きっとむかえにきてくれるはずなんです」


2

捨て犬男が自殺しかねないので雌犬を用意した。この雌犬、雌犬の自覚がなく、僕と対等みたいな口を利くので時々蹴って躾ける。保護対象に暴力を振るわれる保護者のような目で僕を見る。不愉快なのでそういう時は捨て犬男に唾を吐く。雌犬と捨て犬男との相性は悪くない。同じゲージで一定期間飼育すれば交尾するだろう。ペットの交尾を世話した経験は無い。捨て犬男が紙くず手紙と共に餌木にもらったパンツをハサミで切り刻みながら静かにしゃくりあげ泣いている声をBGMに、僕は「ペットの飼い方」という本を読み、コーヒーを飲む。経験なんていらない。無理矢理交尾させればいい。捨て犬男は脅せば雌犬を犯すだろう。雌犬はとても喜ぶだろう。雌犬は捨て犬男を気にかけていた。僕に何度も何度も何度もシャール君がかわいそう、シャール君が何したって言うの、餌木は何故こんなこと許しているの?等々話しかけてくるので、その度にじゃあ捨て犬と番になって、支えれば?と言い続けた。雌犬はそれを真に受けたのだ。番になるとかそういうんじゃないとか、餌木もアンタもおかしいとか、ぐちゃぐちゃうるさかった。僕が、君なら彼を助けられるんじゃない、等適当に雌犬を誘導したら、雌犬は嬉しくないそぶりしながら嬉しそうにしていた。尻尾が跳ねるみたいに揺れていた。哀れだった。こいつらの交尾も酒の肴くらいにはなるだろう。捨て犬は、ハサミを動かす手を止めている。餌木にもらった首輪を大事そうに両手で触っている。この首元に手をやるぶりっこポーズがウザいから、パンツを切り刻ませているというのに、パンツ切り刻んでる最中でも首輪を触るのでこいつは脳みそのサイズがノミくらいしかないのだろう。餌木関連の物品を壊したり壊させたりするのにも飽きてきた。けれど捨て犬はその度に餌木さんごめんなさい、餌木さんごめんなさい、と言いながら泣く。今もずっとずっとごめんなさいが続いている。謝りながら首輪を抱くみたいに触る。僕が側の机を蹴ると、渋々ハサミを持ち直して細かい布をさらに細かくする。もう切るところがないくらいなのに。布の破片が繊維の塊みたいになって散らばって絨毯にこびりついているので、後で捨て犬に掃除させて食わせようと思いながら、たばこを咥えた。捨て犬は僕がたばこを咥えても火をつけにこない。散々それでぶん殴られてるのに。本当に頭が弱いのだ。


3

捨て犬男にお手させたりとってこい遊びさせたりして暇を潰していたら一万堂の経営者から僕へ連絡が飛ぶ。毎回毎回、何が「ナリエ君お時間よろしいですか」なのか。全部屋監視して、お時間よろしいタイミングか極端によろしくないタイミングをはかってしか連絡寄越さないくせに。こういったお時間よろしいタイミングでの連絡は毎回上階への呼び出しである。今回も例に漏れないと踏んで、インカムのマイクを摘み適当に返事をしながら、転がったボールを咥え損ねたまま這いつくばる捨て犬男を足でケージに追いたてる。そして一番靴を履かせるのがうまい古い犬を呼んでお出かけの準備をする。飼った当初はケージに入れたらそれだけで泣き出した捨て犬男も、最近は大人しく自主的にケージに戻る。しかもケージの中でこそ落ち着いている気すらする。今もさっさとケージの角に凭れる姿勢になり、泣きもせずじっとしだした。それはそれで僕に構われていると落ち着かないと言われているようで腹が立つ。なのでこいつはいずれ僕の部屋で直々に飼ってやることに決めている。僕はこのインカムでの連絡が嫌いで仕方ない。ダサいし面倒くさい。経営者のことも嫌い。そもそも経営層が全員嫌いで勿論餌木も嫌いである。一万堂のキャストにはインカムの着用義務がある。インカムだと僕に関係のないどうでもいい連絡もいちいち聞こえる上に、僕にしか関係のない連絡もキャストの全員に聞かれることになる。僕ともあろう人物にまでこんなみみっちいスタイルを強いるのが気に入らない。インカム本体ごと自室に放置して仕事していたら犬と遊んで4時間経った位の楽しさのピーク、山場、というタイミングでわざわざ経営者が直接お小言を言いに僕のフロアへ降りてきた事がある。わざわざ鍵を全部開けて最深部まで。わざとに決まっている。心底、心底心底面倒くさい。その時の犬はお気に入りだった。お風呂に入れると、濡れた姿が全身で泣いてるみたいに哀れで、石鹸を恐がる。そういう頭の弱いところを気に入っていた。気に入っていたのにその一件でイライラして殺してしまった。僕はここで失う物が多いので、その分奪うつもりでいる。中央エレベーターで上の管理階層へ向かう。少し上を行く向かいのエレベーターに、雌犬がいるのを見た。そっちのエレベーターも同じく上階に向かっているので、僕等は同じ距離を保ったまま、天へ移動している。雌犬は天井を見ていて、僕に気づかない。雌犬を乗せたエレベーターは中間の階層に止まり、雌犬はそこで降りた。僕を乗せたエレベーターは雌犬を抜かし上り詰める。僕はタバコをエレベーターの絨毯に落として踏みにじりながら、階下の雌犬が見える限りずっと睨みつけていた。きっと最上階に着く前に、「ナリエ君、エレベーター前に灰皿あるじゃないですか。」とか、経営者のお小言の電波が飛ぶのだろう。とにかく、いらつく。僕の居場所じゃない。