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公園

暇な春休み。

まだ寒さの残る日が続いている。

今日は買ったばかりの薄手のマフラーと薄手のコートを選んで散歩に出掛けていた。

あれ…?

人通りの少ない公園で、

子供が1人うずくまっている。

周りに友達らしい子供がいるでもない。

だるまさんがころんだしている様子でもない。

泣いてしゃくりあげているでもない。

動かないうずくまった子供だった。

きみ、大丈夫?

泣いてるの?

刈り上げた後頭部を見ながら、少し後ろ側から、なるべく屈んで話しかけてみることにした。

彼はゆっくり顔を上げた。こちらを見るでもなく前を見ている。

……泣いていたのかもしれない。どこか痛いのか、親御さんとはぐれたか?

子供は前に向けた顔を今度はゆっくりこちらに向けた。

予想していなかった動きをするので、こちらは動けない。

目が異様にぱっちり開いていて、表情がない。

しかしいよいよ目を合わせてくれた。

大丈夫?

どこかいたい?

彼はようやく表情筋を動かした。眉をほんの少しくにゃくにゃっとさせ、鼻をちょっと動かして、目をゆっくり深く閉じて、涙を両目から一滴ずつ流したのだ。

にんぎょう……

とられたの

おにんぎょう?

お友達に?

うん……

私は彼に集中していてあまり周りに意識が向いていなかった。

グルルグルルという犬の喉鳴らしのような音が聞こえて背筋が小さくびくりとした時には真後ろにそれがいた。

大きなドーベルマンが二匹。

わっっ!!

グゥーーー

デカい!!!!!

あっ

威圧感は凄まじいが私を襲う様子でもない。どちらかと言うと楽しそうな顔をして落ち着いているように見える。

あれっ

内一匹は人形を咥えている。

ねえ、おにんぎょうってもしかしてこれ?

座り込んだままの彼は鼻を鳴らしながらうなずいた。

なるほど……

人形を咥えている方のドーベルマンは楽しそうにそれで遊び続けている。

立派で健康そうな牙をしている。鼻先に手を突っ込む勇気は出ないな……

首輪をした清潔そうな犬だ。近くに飼い主がいるはずだが……見当たらない。

シシーとね、ベルーガっていうの

え?

そっちがシシーで

彼は人形を咥えた方のドーベルマンを指さす。

こっちがベルーガ

比較的おとなしくじっとしている方を指さす。

君のとこのわんちゃん?

うん。

お名前聞いて良い?

イラハ。

珍しい名前だな。

イラハくんって

お家の人と一緒に来た?

セイイチロウと来たよ

セイイチロウさんってお兄ちゃんとか?

ちがうよ。シシーもベルーガも、セイイチロウの言うことはきくの。

公園を見渡しても人影は遠くまばらで、「セイイチロウ」さんが近くにいる様子ではない。

仕方ない…!

私は彼に背を向けてシシーと向かい合い、シシーと目を合わせようとする。

シシーちゃん!

グゥー

シシー、おすわり

シシーは私の目を見ない。伏せながら人形をあむあむしている。

シシーちゃん、おすわり!

シシーは人形に夢中なままだ。人形を奪おうとすれば私の手をあむあむしかねない。

…あむあむとはいえ数針縫うことにはなりそうだな。

シシー!!おすわり!!

ぐむ

ダメだ!

シシーッ お座り。

!?

シシーちゃんは遊びをびくっとやめて、その口から涎まみれの人形が解放される。そのまま大きな体をしゃんと起こしておすわりの姿勢整った。

イラハくんの声だった。

先程の弱々しい印象とはかけ離れた立派な指示に感心する。

私は人形を手に取り、イラハくんに渡す。

イラハくんはそれを無言で受け取り、お座りしても彼の背丈に迫ろうという大型犬をガシガシと撫でる。

大丈夫!?怖かったんじゃないの?

……

……

ありがとう

えっ ううん お兄さん何もできなかったし

イラハに渡しとく。

……

呆気に取られている間にイラハくんはドーベルマン2匹に声かけをして、そのまま公園の広場へ走っていってしまった。

……とりあえず よかった、のか?