シャールは桜の涙の海を泳ぐことができます。沈まないのです。海の鮫に食べれられることもありません。シャールは、鮫の残した誰かの黒い骨と白い石の肌の沈んでいくのを横目に見ながら鮫を撫でようとしますが、鮫はそっけなくどこかに行ってしまいます。鮫の力強い尾ひれの水圧にびっくりして目をつぶって、そのままつぶったままじっとしていました。鮫の体の黄緑色と、ふんだんなまつ毛に囲まれた不思議な目元が頭に残りました。一瞬で夢になったみたいでした。過去になった途端、何もかもが同列になるのを感じました。もう餌木はいませんから、シャールは何をどうすればいいかわかりません。わからないのでよく海に来ました。よく海の中腹の、なんとなく白く鈍く、水色が濁ったみたいになっているところで暇をつぶしました。そこは空の日の光と、海の底の闇の、どっちもわかるところでした。目を閉じる意味も開く意味もある場所でした。「餌木さんがなくなったショックで」を皮切りに、すべての隣人がシャールへの対応を少しずつ変えたので、シャールも気兼ねなくすべての隣人への対応を少し変えました。「餌木さんがいなくなったことがショックなので、」免罪符を得ました。餌木がシャールに残したプレゼントに違いありません。餌木はいなくなる前からシャールにプレゼントをするのが好きでした。シャールは餌木がどうしていなくなったのか知りません。もし餌木が何も残さず消えたなら、餌木はいつか帰ってくるとまだきっと思っていられたというのに、餌木は手紙を残して消えました。もう手紙を誰にも、いかなる子供にも、破られたくも捨てられたくもなかったので、シャールはほかの壊されたくないものといっしょに自分の世界にとっておくことにしました。

191013