やるせない。 僕に表面にへばりつくものは僕の動きを封じはしないけれど部分を引っ張り出すとっかかりになる。 僕が不完全なのはどうして、 いつも下なのはどうして、 無力なのはどうして、 染上げ返す術を持てなかったのはどうして、 求めるのはどうして、 求めないのはどうして、 許されていたのは問うことだけだった。 今わかっていることの数々は、過去にわかっていたはずのことをもう一度わからなくさせた。 繰り返している。 繰り返しながら、僕は僕の望まない未来へ進んでいる。 はじまりが決まっていればおわりも決まっている。そういうことだろう。 やっと気付いた。やるせないのはその所為。何も手に入らない事が確定している。成れの果てまで決まりきっている。 何になって何ができるかな? 何になれば何ができるだろうか、 何になろうとしている、何か、僕の望んでいない……僕を救えない何か。 青い。 僕の目の前に広がる景色は毒々しいまでに明るく青い。 延々と。 僕の愛した人の愛した人が僕に言ったのは、 もう、どうでもいい。僕が本当に手に入れたいと考えるものはもう手に入らない。 もう?元々だ、手に入らない。手に入る未来も過去もない。 僕は過去や前世に縋りついている。約束したではないですか、意味など無いと切り捨てられたけれど。 欲せられないなら与えても無駄だ。用意した道のうちの一つが封じられたならそれまで、それまでだ。全ての道に意味がなくなる。 求められない上に失せろとも言われない。 閉じた世界の中に生まれた一番高価な世界にこの世界の意味の価値は集約するだろう。 それ以外にここには何もない。見ればわかる。 そこの僕に意味はない。見ればわかる。 滑稽な過去では、前に進みたかった。できるだけ正しい方へ、できるだけ善へ。しかしそれができたのは、その歩み自体が正しいと信じられたからだ。正しい事は正しいのだと。 僕が無垢で幼く、可能性があったのだと。 「君が正しい行いをしないで、己の不正に気付くものですか、誰も彼も。」 知らなかったのですか?僕に言ってるんだ。知らなかったのか。僕にも欲があり、その道は閉ざされていた。それだけ。そういう者に、欠け落ちた人型に、正しい道なんて目指せるはずはない。 閉じた狭い世界だった。選択肢に意味などなかった。1の次は2であり、また違う1の次はその1の為の、その1による2が続くだけ。 約束したじゃないですか。僕の望みを叶えてくれると。 〈かつて愛した者すべてと人生に意味を与えたものすべてを失った。〉 僕は手に入れてさえいなかった。無を追いかけて、追い詰めて、自分を追い詰めて、次の存在になろうとしている。次。正しくない道。その無を追い詰めきったら次は何になってまたその無を追い詰めるんだろう。どの世でも、誰にでも、必ず求められるものってなんだ?必ず退けられるものってなんだ?それが0じゃないものだ。0以外、マイナスでもいい、0以外。確実なものがいい。確実に僕を染め上げるもの。 僕の足元に燃え滾る青い炎はかつて僕に兄がいた頃、彼が僕に例えた炎の大壺だ。この炎を写して、空は青々と広がっているのでしょう?作り話の中ではね、作り話の兄さん。いなかった兄さん。 今思えば彼もまた、欲しいものこそ、総じて何も手に入れられない僕の為に僕が作り上げた、慰めの鏡だ。 人形にすらなれなくて、本当に藻屑になった兄さん。溶ける鏡。赤い炎。 僕でさえ彼を思い出すのに長い長い長い年月を要した。 彼のことを完全に忘れてしまいそうな程に。 僕も、先輩の慰めの鏡だったらよかったのにな。 そしたら要らなくなれば消えることができたかな。 幻想が羨ましい。 もしくは、僕の愛した人が、自分自身では何も求められない程に弱ければよかった。 もしくは、その人に欲しいものが何もなければよかった。 そうすれば正当であるだけで唯一になれた。僕なら。 しかしいずれも叶わない。僕が一番よく知ってる。僕が自ら欲したのだから。僕は失ったから。 僕は、僕が今「愛している人」でなく「愛している人が愛している人」を愛していれば、 そうすれば彼は嫉妬に狂い、僕を殺してくれただろうか。 正しい物語とは、どんな形であれ広げた風呂敷は包み切るものだ。 僕にはもう、殆ど記憶がある。少なくとも数々の前世、その共通点に気付いてしまって、快く再スタートが切れないくらいには。 一番初めに愛した者が、もう1人の僕に連れ去られ消えた記憶。 初めて今名乗る名を負って生まれもう1人の僕と約束/契約をした記憶。 機械に生まれ 前役、僕のプロトタイプを殺した後機としての記憶。 ひとりぼっちで崖の上で暮らし、娘の霊を宿した大蔓に締め殺された記憶。 生首ではじまった人生の中で、沢山の友達を守る正義になる事が可能だと信じた記憶。 たった数人しかいない世界の最後のもがきで気付かなきゃよかった事に気付いた記憶。 結局何も残らない。 これまでもこれからも。 はじまりが決まっていればおわりも決まっている。 何も手に入りやしない。 その事実だけを確かに手にしている。 僕は一番初めに運命を失った。僕の意識がはじまって、はじめに。 僕の意識は大事なものを奪われてから一度も、本当の意味ですべてを忘れられてなんていない。 一睡もしていないようなものだ。 新しい生なんて始められていない。 何にでもなれる気がしても何にもなれない。 なりたい存在にはもうなれない。 僕が本当に望んだものは一番の間違いだからだ。 訂正できない程に時間の経ち過ぎた、 原点だと立ち帰るには歴史の浅すぎる。 脚を付き、手を付き、足より頭を低くして、大壺の炎に思い切り手を突っ込む。焼けやしない。痺れやしない。僕以外の全てが僕の事を忘れるために。僕を過去に現わす為に、僕の事を一瞬だけ葬りさる炎。 手を折り曲げて顔を撫でようとしても叶わない。 僕は指先から溶けて、ゆっくりと真っ黒な水に塗れる小さな粒になっていくから。 地獄に業火に焼かれ崩れ落ちるには早過ぎる。 総てを知らなかったことにして、正の可能性に戻るには遅過ぎる。 僕のこの生には猶予しかない。小旅行にはうってつけだろう。 いよいよ炎が僕の目を抉って、まるで黒色の涙を流しているよう。 「僕の顔を覚えておきたいだけ」 その為に消えるだけ。 嘘をついて、ない目を閉じて、 本当の望みがあるならば僕は、 その言葉の裏地にそっと貼り付ける。 その一瞬で、 一番くだらないと決めつけた執着が最も強く痛く光って僕を焼く。

160713