白封筒が投函されていた。私の住む部屋の郵便受けに直接であった。切手も宛名もなく、封もしていない白封筒であった。学校から帰宅し、見つけた。その日は夕焼けが赤々とし過ぎていて、空気が妙に美味い気がして、まるで自身が日々健常に、それも長年、健常に、友人にも恵まれ優秀な文武を他人に披露しながらにこにことして暮らしている者に近付いたかのような気分をもたらしていた。私はその気分そのままに家に着いた。玄関に荷物を置いて廊下の奥に滑らせるように鞄を投げ込んで、靴を脱ぐのも適当のまま郵便受けを殆ど乱暴に開けた。公共料金の支払額を知らせる柔らかく細長い紙に絡まるようになった白封筒に、その時気付いたのであった。白封筒にはかすか写真らしき何かが透けて見えていた。ガス代を確かめるついでに何となしに封筒も手にとった。隣人宛の手紙と写真が、間違いで投函されたのだと思った。たまたま他人の、不可視の部分を見れるかもしれない興味、いたずら心で以って、本当に何の警戒もなく私はその封筒を手にとり、中身を出した。手紙などなかった。ただ写真が一枚入っていた。私を写した写真であった。私はその時その写真を、まじまじとは見ることができず、哀れっぽい声を少し漏らしながら、ひるんだと思う。なるべく細かく破いてバラバラにしたそれをトイレに流した。最初はゴミ箱に捨てたのだ。打ち捨てるようにゴミ箱に投げて、気味の悪さを誤魔化そう、悪寒を収めようと冷蔵庫にあった麦茶を棚の一番近くにあったコップに注いで飲んで、ぐびぐびと二杯は飲んで、そうしながら、私はなおもゴミ箱を見ていた。そしてゴミ箱に細切れの写真があることにこれ以降耐えられるはずがないことに気付いた。ごみ箱から拾い集めた。そしてトイレに流すことに決めた。ほんの一瞬だったから、その写真を見たのは一瞬だったから、写っていたのが自分ではないかもしれないという気にも、なりもした。しかしその楽観的な現実逃避には無理があった。思い出すことが、容易にできたからであった。写真の私は立っていた。ひとりで信号待ちをしていた。至近距離とまではいかないが、かなり近い距離で側面から、私の横顔の表情、気の抜けた手の動作の途中経過を、その写真ははっきり切り取っていた。大して分厚い紙ではなかった。写真用のインクと紙ではあっただろうが、個人が印刷できる精度であった。あれは、個人が撮影し、個人が焼き、個人が私の郵便受けに投函したものに違いなかった。それにより犯人が私に何を与えたいのかわからなかった。それが犯人に何をもたらすのかわからなかった。わからないから、悪寒は治らなかった。粗末に投げ出したままだった鞄から携帯電話を探り、手に取り、何か、どこかに連絡しようとして、やめた。携帯を持ったまま、鞄の元にしゃがみ込んで、女ストーカーからの被害について携帯で調べられるだけ調べた。私はその時この差出人が女であると思い込んでいた。私は女が、わからない。わからないから、何より恐ろしかった。無理に腹に流し込んだ冷たい麦茶が、痛む胃に追い打ちをかけて、頭痛までしてきていた。


眠れなかった。胃が痛くて、学校を休もうとあらかじめ決めてかかって、起きた。寝坊したのはその所為であった。けれど起きて、少し考えて、気付いた。あれは今日もまた投函される可能性があることに。自分が、あれが投函される音を聞くこと、ドアを隔てて犯人と同居するその状況に、耐えられる筈がないことに気付いた。弾かれたように、学生服を半端に着て、水も飲まずに鞄をひったくって外に出た。ドアを開けた瞬間から、誰かに見られている気がした。写真の場所と思しき横断歩道を避けて駅に向かった。電車に乗っても女の目が恐ろしく顔を上げることができない。腹の奥が人体に無い色で澱んでいるような最悪の気分であった。学校の中にいても女が恐ろしく、自分の手ばかりを見ていたが、それはいつものことであったかもしれない。最後の授業には出ず、保健室で横になって休んでいた。布団を被れば、少しは心を取り戻すことができた。いかなるカメラをも遮ることができる術だからであった。目を閉じることが恐ろしかった。邪悪を確認する術がなくなるからであった。ずっと目を開けて休んでいた。保健室の薄い布団が通す、蛍光灯の明かりを見て過ごした。夕方までには帰るしかなかった。完全に暗くなった街を歩くことだけは避けたかったからである。夕暮れが終わるまでに、追われるように帰宅し、ドアにチェーンをかけた。帰宅してから、交番に駆け込まなかったことを後悔したが、後悔より早く、私を押しとどめた感情があった。ストーカー被害にあっている男を、いや、ストーカー被害を訴える私を、彼等はどう扱うのだろう?私には、自らが不利益を被った必死の訴えがあしらわれたような、苦い記憶が多くある。多すぎる。それが私を黙らせた。そのくらい訴えをあしらわれることと疑われることはつらかった。私は玄関に立ったまま、交番で起こるであろう不当な扱いと、現状の打破を天秤にかけていた。汗が目に入った鈍い痛みで、ぼうと立ち尽くしていた自分に気が付いた。私はドアを背にして立っていた。そこで気付く。ドアに今、もし投函があったら?今、もしドアの向こうにいたとしたら?勘のような、今だけは働かなくていい感覚で、背が言い得ない磁気を帯びたように逆立った。投函はあった。その、まさに今の、私の真後ろで。ポストの瞼ががたんと開いて閉じる音がして、私は、私は一歩も動くことができない。できないまま、音を隠さず遠ざかる、軽快ですらある靴音を、背中で聞いた。あるはずのポストへ近付く足音が無かった事を思い返して、遊ばれていることを確信した。うずくまってしまった。声を出して、泣いてしまった。どうにか、誰かに助けてほしかった。どうしてこんな目に合わなければならないのか、私にはわからない。


翌日、昼まで寝て過ごした。週末で、学校は休みであった。無精髭がちくちくと皮膚に垂直に伸びたのを、微細に倒したり戻したり、指の腹でちりちり手遊びして、布団の中で過ごした。携帯を充電する元気もなかった。何とも繋がっていたくなかった。だから私は自分の無精髭とだけ繋がって、昼を迎えた。起き上がったのは、用を足す必要に駆られたからであった。それさえなければ、一生をちりちりで終わらせても構わなかった。便座に座りながら、頭を抱えて、こめかみをもむようにぐりぐり動かした。目を覚ましたかった。ぐりぐりで、現実を拒もうとする頭を作り変える試みであった。そうして私は決意した。投函された証拠を持って、今から交番に行く。面識のある交番に一つだけ心当たりがあった。過去に落し物を届けたことがあるから。私という人物は、初めての行為、初めての場所、初めての人間に並ひととおりでない拒否反応を示す。交番に踏み入った経験がなければ、この決意すらできていなかったに違いない。私は、ドアポストを確認する前に、私が私の為に守るべき約束事を三つ作った。封筒の中身を見ない事、交番に行く準備をしてからポストを確認する事、交番にしか、行かない事。心が拒否する物事にどうしても向き合わなければいけない局面、約束事を3つ作るように心掛けている。「決意」という漠然とした使い勝手の悪い道具を具体的なノウハウに落とし込んだ処世術のようなものだ。私は顔を洗い、髭を剃り、制服に着替えて鞄を持ち、玄関に赴き、殆ど靴を履くついでのような流動的な動作で出来るだけさりげなく、ドアポストを開けた。そこには封筒も、写真らしきものも無かった。小瓶が入っていた。小瓶の中に、白濁色の液体が入っているのであった。私は、その瞬間まで、張り詰めていた。「交番へ助けを求めに行く」決意を無理矢理して、すべき行動をノウハウ化してやっとのことでそこにいる存在であった。予想外に対する決意はかけらもしていなかった。私はそのままポストを閉じた。そして玄関に座り込んだ。座り込んでから思い直して、ベッドまでだらだらと歩み、制服のまま寝転がって、意味なく寝返りを4回打った。おそらく、犯人は男であったのだ。私は男に盗撮されていたのだ。


女には、体の性欲が無いという。男の駆られるような、行動的な性欲を持たないという。女が持つのは心の性欲である。女は、心を重ねることを求める。心をじろじろと見る。心を無理やり自由にしたいと望む。私はそれに反吐が出る。母親を思い出す。クラスメイトの女子生徒を思い出す。小説の女中を思い出す。私は女のそういう気質が、本質的に、絶対的に、気持ちが悪くていられない。一昨日と昨日は、それに悩んだ。ストーカー行為に悩んでいたのではない。あれはまさしく、女に悩んでいた。あれは、自分の心の犯される事への嫌悪感であった。それは女への嫌悪感なのだ。私の内面は、比較的だが、落ち着いた。女への嫌悪感と比べれば、難しいことはない。犯人が男であるから。投函により犯人が私に与えたい何か、私に何かを与えるその行動が、犯人に何をもたらすのか、犯人が男であるならわかる。あれが精液であるなら尚更である。私は女に心を汚されないで済む。私はその夜日常を全うした。制服を手入れし、掃除をし、食事を準備し、入浴し、普段はしない、教科書を読む行為にまで及んだ。

女からのストーカー被害というどん底に鷲掴みにされ、そのどん底から急に手放しされたからといって、もちろん平穏が訪れた訳ではない。犯罪被害者であることに変わりはない。精液らしき瓶は、トイレ掃除をするときの手袋をしながら摘んで、汚物入れ用の黒ビニール袋に包んで廃棄した。ストーカーが男によるものと知ってから、私は変わった。客観的には信じられないほど改善したようにも見えるだろうが、改善ではない。視界が変わった。だから新たな姿勢を身につけただけだ。外にいれば、常に客観に晒されているのだと、認識せざるを得なくなっただけである。適当な身繕いをやめた。姿勢を気にするようになった。ガラスや鏡をよく見るようになった。箸の持ち方を気にするようになった。気が付けば息を沢山吐いて、凹んだ腹を作りそれを保つようになった。振り向く自己の首筋を、気にするようになった。私にとって人目とは、今まで人目というほどのものでもなかった。人が私を見ているなんて、思いもしなかったからだ。しかし今ではストーカーの目を意識せずにいられない。私を私として認識し、特別な感情を向ける男の目が、いつも私を追っている。もし仮に男が私を見ていなくても、私がその目を感じているから、私は、常に見られている。常に。街で目の合う男達に、心の中で、おまえが私をみているのか、と問うた。男達の目線の中から、私を貫く個人的な意味付けを探した。誰もが怪しく見えた。誰もが私をちらりと見やった気がした。私は彼の次の行為を待った。ストーカーを知りたかった。多くの例を得て、統計を取りたかった。しかし精液らしき白濁の液体以降、何も投函されない。二週間もすればその数日間は不思議な夢程度の記憶に薄れた。しかし意味のある夢として私を蝕み続けた。男に色のある目線を向けられる私というものが、私のそれ以前とそれ以降を分断した。