雨の平日、薄暗い朝でした。それは人為的ではなかったので天災で、人が起こしたので人災でした。
もう一人の僕である男による出来事でした。
学校に向かおうとしていた僕の前に彼は現れ、「忘れ物を取りにきた」と告げました。
それだけで僕は何故か、彼が、未来の僕、僕ではない人生を辿ったもう1人の僕なのだとわかりました。僕は学校に向かうのをやめて、酒と食べ物を買って、自宅に戻りました。男と一緒に。彼は、僕と同一人物だという程によく似ていたわけではありません。背丈や体格も丁度同じくらいだったし、顔立ちも兄弟、と言えば通じなくはなかったかもしれませんが、決して僕が経験や時間を積めばこうなるだろうと言う様な、つながった内容をしているわけではありませんでした。ただ僕がわかった。それだけで彼は僕の自宅で僕と酒を飲みました。僕より少し多く。彼とは駅に向かう途中、僕が立ち止まっていた時に対面しました。ずれた波長を表す耳鳴りを、目の前の彼が纏っているような感覚がしていたものです。彼と対峙していることこそが不思議なわけです。それをあまり不思議に感じなかったことも。流行りの小説を読み過ぎていたのかもしれません。僕は若者らしく慌ただしい、日常らしい日常を送っていました。記していたとしても、100年後やっと学術的な価値が出る程度の。しかし僕の人生はねじ曲がった。僕がおかしくなった瞬間をあえて挙げるならば、その時でしょう。彼がどこから来たのかは分からなかったし、知りたくなかったから、僕がわかったこととこの人が言ったこと以外はあえて知らないでおこう、と僕は、彼には最低限のことしか問いませんでした。だから、僕の粗末なもてなしも、彼の居候の様子も、静かなものでした。彼も最低限のことしか言わなかった。彼は僕の家に三日間住みました。殆ど言葉を交わさずに。僕は僕のことが好きではありませんでしたから、目の前の彼も大したことない人物なのだろう、と決めつけていました。決めつけていながら、本当に大したことない人物なのだと知ってしまうのは恐ろしかった。僕は若かったから、無力に向き合うことが怖かった。三日目の最後、「貴方の探し物が見つかれば、僕にも変化がありますか」と聞いたことだけが、僕の正当な歩み寄りでした。彼は「あるよ」と答え、その次の朝には消えていました。僕のパートナーと共に。僕のパートナーと、自分だと名乗る男がその日を境に忽然と姿を消しました。心の何処かで予測していたかのように、染みるように、溶けるように、焼けるように、状況を理解したものです。当たり前だと感じました。自分の手の届かない何処かに行ったこともわかった。彼はその為にだけここに来たのだと。夢のようにかっこいい他意などなかった。わかる範囲のことしか起きなかった。疑う余地すらなかった。僕には僕が一番よく分かります。僕は普通に生きていました。解りやすく話すなら、突出した才能もなく、若く、メディアや教科書を通して学んだ通りの未来を想像していて、周りにいた多くの若者と同じ様に力はなかった。以降身に着けるであろう力も、与えられたものの延長の数々となったことでしょう。くだらない人生をこの人と共にしよう、それはくだらなくない、と思えるパートナーを見つけたばかりで、はじめて真面目に人生を考えるようになったところだった。パートナーとの人生だけはくだらなくないという判断が間違っていなかったことを、完全な方法で証明しました。結果が全てでした。手に入れた人間のものになる。了解を得ずとも。力ずくでも。手に入れた者と失った者が生まれました。かつ、手に入れた者は消えました。すると失った者が残りました。何も残らなかった。くだらなかった人生よりも勢いよく、全てくだらなくなりました。僕にとって僕の未来は、その人とあるものでした。その時の僕に限らずに、総ての僕にとっての未来は愛する人とあるものだったようです。だからもう1人の僕は、パートナーを僕から奪い、パートナーを手に入れたのです。しかし自意識は、この紛れもない僕でなければ、僕を僕とみなさない。僕はここにいるから。そこからの人生なんて、語るに値しません。しばらくは生きました。歩いていたレールから外れて、詩人にでもなった様な気がします。いつか彼になって、僕からあの人を奪う日が来るのかもしれない、と考えていた時もありました。あいつになりたいような、なりたくないような、時を経れば僕の手に、あの人がもう一度渡る。その時が来る。そう信じようとしていたこともあった。愛した人も若かった。彼に順応して生きているパートナーを想像したりもしました。消えたパートナーと、僕が同じ歳になった頃、僕はその人を奪った僕と同じ様な外見年齢になっていました。やっぱり似ては、いなかった。ちょうどその頃、願っていた。僕じゃない僕から奪うのでもいい。僕に愛する人を取り戻させてください。結局その人生はひとりでしのぎ、終えました。事実は変わらないまま。信じたまま。淡く信じたまま、目を閉じました。
おわり。

長く時間はかかりますが、いずれ僕は理解します。
その先の人生で察知し、
その先の人生でその感覚に揉まれ、
その先の人生で確信し、
その先の人生でも諦めきれない。

それでもいずれ分かってしまうのです。
一度決定的な何かを奪われた者は、そこから永遠に、奪われる側に回るのみ。
それが決定的なものであれば尚更。
もう取り返しはつかないのです。

目を閉じて、目を開いたら、また初めから。
目を閉じて、目を開いたら、また初めから。
それを繰り返したと思います。
覚えている限り、特筆するに値する何も、手に入れていません。

だから僕はある時を境に、せめて、僕を手に入れる道を選んだ。
僕は、追う自分自身を終わらせようと人生に臨む様になった。
自分と愛し合い、
自分と憎み合い、
君と出会った僕は、もう一度自分を愛し、
その自分に捨てられ、
捨てられた自分を拾い、
利用しまた捨てた。
するとしっかり、僕は僕が嫌いなのです。
あまり趣味のいいお話には感じませんが、僕自身やはり何も手に入れられないまま、手に入れた方の僕とかつて愛した人を目の前にしながら生きていたこともありました。
何も思い出さないまま。
ゾッとしませんか。
神様を消したくもなる。
その神様を産んだ者を、殺したくもなる。
なのでその神様を産んだ者を突き止める為に生きてみることにしました。そうしたら、その試行は最も意味のない人生で終わった。なのにそれをやめられなくなりました。

僕らしかった。

オナニーしかできなくなりましたか?そうなる前に、失ってはいけなかった。少なくとも、全力を尽くさないと後悔すらできない。

160921