ウスルは暗い部屋の中、隣室の明かりを寝ぼけた目で発見しました。起きたところです。変な起き方で。聞こえるものが、徐々に鮮明になるにつれ、その異常性に気付きました。眠る前のことは、あまり思い出せません。それどころではありません。ウスルにはドアの向こうが全部聞こえました。延々と続くように思えた好きという言葉の羅列も、あえぎ声も、粘り気のある音も。頭を掻くしかできません。溜息すら吐きかけてやめたのですから。レクトの言葉とは思えない言葉が続いたので、しばらくはただの音に聞こえたくらいです。ウスルは覚醒してはいましたが、昨夜の異様な気だるさをいくらか引きずったまま横たわっていました。気だるいし、仮に気だるくなかろうが、これでは外に出れっこありません。混乱はありますが、なんだか、友達と友達のセックスシーンを見つけてしまったが故の妙な冷静さで時計を探しました。呆れとも言います。二人きりの時やれよというやつです。微かに見える秒針を参照する限り夜中らしい今から日が昇るまで、眠ったふりをするしかないのですが、眠ったふりの間も意識は元気にしているので、隣室のシャールとレクトの意識がこちらへ向くか向かないか、こちらへ来るか来ないか、どうしてもしばらくは、いくらかは、聞き耳を立てるしかありません。すれば、意図せずとも、ウスルにはディティールまで通抜けでした。シャールがレクトの耳元で、レクトにだけ聞こえるように話していても。シャールは鳥肌が立つくらい、レクトに優しく話しかけていました。キスをしているらしき音も聞こえました。ウスルは自らの耳を呪いながら、早く朝になってくれと切に願いました。ウスルはシャールとレクトは不仲とまでは行かずともある程度は気の合わないものだとばかり思っていました。こんな関係だったなら、初めから呼ぶなよ、は妥当な感情でしょう。不仲にでもなったらふたりの仲を取り持つ役割をしよう、友達だもの、と覚悟しているくらいなのに、拍子抜けして、ため息を、音を出さないよう注意を払って鼻から吐きました。思い当たる節はなかったとも言えません。シャールはレクトに異様に素っ気ないというか、適当な対応をしている印象がありました。どうせこの関係故のドメスティックな甘えか何かだったのです。今日のこれは、シャールが企てたのでしょう。シャールの勧めてきた官能小説にそっくりなシーンがあるのですから。初めから聞かせる意図があったわけです。薬でも盛られたみたいに眠くなって、借りたベッドに倒れこみ、そして今がある。しっかり納得しました。巻き込まれた。そのくらいウスルはシャールをとある分野においては信用していません。ウスルはレクトに同情しました。恋仲だからといって、レクトがこれを望むとは到底思えません。聞かないであげるのが礼儀だと思って、耳栓を探しますが、近くにないようなので、申し訳なく思いながら、もう一眠りを試みました。暗闇に目が慣れて、目が冴えてしまった己を諦めて、全ての音をなるべく聞き流すべく天井を見つめました。なんでも聞こえました。ちゅこちゅこ言う音も、レクトの息でも、シャールの息でも、仰け反ったらしい関節のきしみでも、衣服かベッドかを引っ掻く音でも。

やっとまどろむことができ始めたころ、シャールの声を聞きました。
「いい機会ですから。君がウスルのこと大好きなの、教えてあげてもいいよ。僕が。いつも、僕が……お体貸して、練習させてあげてたものね。ウスル君に、跨って、縋り付いて、ウスルに、好きですって言いながら、腰振る想像、何度もしたものね。興奮しますね、いつも、一番ぐちゃぐちゃになるもんね?……良かったじゃないですか、ウスルが君をすぐ使えるように、仕込んであげたこと全部、いよいよウスルにする機会、作ってあげられるかもしれない。……喜べよ、嬉しいよね。嬉しい?」
とても小さな、やめてくださいも聞こえました。大きな関節が動く音がする割に、レクトが動いたらしい音がしないので、動きが取れないのかもしれません。レクトはお願いしますとも言いました。恋心の否定にも聞こえました。ウスルはそれを望みました。詳細は露もわかりませんが、自分が巻き込まれる可能性を感じて、ばくばくする心臓を隠すように胸を掴みました。けれどシーツをする音すら立てられず、うずくまりはしませんでした。シャールに爪でも立てられたのでしょうか、つねられでもしたのでしょうか、痛みをこらえるような微かなレクトの声にならない声みたいなものが聞こえて、その声は「起こさないでください」と言いました。シャールは笑ったようでした。「どうせもう聞いてますよ。僕、意地悪だもの。ねえ、君の妄想のウスル、君を、どんな風に使う? ウスル、酷いことする?僕の仕込んだ君だもん。大した妄想してくれてると思うんですけど。喉奥をオナホにしてくれたりする?そんなにサービスしてくれないか。現実に即して、優しい?……違うなぁ、本当の、元々の君の趣味ならさ、ウスルを犯してましたよね、きっと。華奢なウスルを組み敷いたことある?あるかもしれないな……案外、長いこと好きだったみたいだから。笑えますね。本当に面白い。……ウスルが、君の身勝手な恋心を受け入れてくれる哀れな想像は……笑っちゃいますけどね、してるでしょう?……ウスルに好きって言いながら繋がる想像で、一番興奮する君なら。」シャールの言葉の否定を望む思惑は叶いません。レクトは以降、否定をしません。ウスルはぎゅっと目を瞑りました。シャールがレクトの、架空かもしれない恋心や性的な悪癖や興奮を問い詰める度に、ウスルは自らのペニスの根元が集めるべきでない熱を集めるのを感じました。いよいようずくまりました。別に恋されてるかどうかには、案外慣れてきました。それは本人の問題であり友情に変わりはないと即答できるから。ただ、これは、仮にレクトが、まともな恋心をウスルに向けているとすれば最もすべきでない興奮なのです。相手がレクトである必要がないから。自らがズリネタにされ、その想像の中に自分も知らないいやらしい自らが存在している。紛れもなく、この自分が、このよく見知った友達を勃起させた、らしい。それに興奮しているだけなのです。鏡で自分を見て興奮しているに過ぎません。いつのまにか、シャールがレクトにしている意地悪な質問の答えをシャールとほとんど同じように待っている自らの心情を見つけて、レクトに、どう、これから接すればいいのかどころか、レクトを見ることすら、今までどうやってしていたのかわからなくなりました。
「妄想のウスルは、君のお口、使いますか?ウスル君の為に練習したんだもんね、ウスルの為だから、美味しそうになめるし、すぐ、勃っちゃうんですよね?単純なやつだな、哀れなくらい。なんで?そんなに好き?優しくされたらすぐ好きになっちゃうの?単純だなぁ。そんなに、ウスルのこと好き?」
レクトはずっと黙っていました。ウスルはこの先を聞きたくありません。ただしシャールが何をしようとしているかはよくわかりました。シャールが、僕が今できる、一番楽しい意地悪を想定してみてくださいよ。と言いました。「僕が何を望んで、その為に何を人質にしているか」シャールが、ちいさいこえなら、きこえっこないよ。とささやいたのも、聞こえました。ウスルは耳を塞ぎましたが、意味をなしません。「いつも通りのことを言えばいい。」シャールは言いました。ゆっくり、絞り出す様に、レクトがほんの小さな声で、ウスル、と言いました。ゆっくりとした水音も聞こえました。すすり泣きのような声も。その後、長い沈黙を要して、ウスル、好きです。と言いました。レクトが、それだけを境に体を、蜜が染み込むみたいに深くジンと痙攣させたのも、聞きました。