バックヤード:グリーンルーム:海のトンネルには近付くな

 グリーンルームはブロキマナクではありません。グリーンルームは怖いところですから、近づいてはなりません。「控室」「楽屋」とも「海のトンネル」とも言われます。それは不気味にもブロキマナクに隣接しており、きちんと意識をして避けないと足を踏み入れてしまうかもせえないほどに蔓延っています。
 ブロキマナクの建築の内、グリーンルームへの入り口だとわかっている扉は、「スタッフルーム」という一部のキャストだけ立ち入ることができる部屋を何重にも重ねて、易々とは入れないようになっているのです。「その機構の複雑さがグリーンルームを招く」。そんな主張をする建築家の派閥もございます。あながち間違いとも取れないのですが、なにせどのみちキャストなんてゲストなんてみんなみんな、グリーンルームに対しては無力なのです。
 ブロキマナクの施設やサービスのほとんどをゲストは利用することができますが、キャストしか利用できないものも中にはあります。スタッフルームもその内のひとつ。「スタッフオンリー」そう書かれた扉を抜け、「スタッフオンリー・立ち入り禁止」そう書かれた扉を抜け、「この先危険・立ち入り禁止」と書かれた扉を抜け……。いつしかそんな冒険心は持ち主に牙を向き、舞台はグリーンルームへの廊下に差し掛かります。大抵静かでしっとりした地味な場所です。そこで引き返せばいいのです。引き返せばまだグリーンルームに巻き込まれることは、まあ、ありません。ないはずですとも。
グリーンルームにはキャストもゲストも迷い込んでは困るので、(迷い込んだ当人にとっても、ブロキマナクの総意にとっても)そうならない仕組みに、配慮に、皆々頭を使います。しかしグリーンルームはキャストにも神話にも台本にもましてやオーナーにも、コントロールできるものではありません。
 キャストが誤ってグリーンルームに入った例はいくつもあります。
彼、「シャール」は間違ってグリーンルームに入ったことがあり、これからも時々巻き込まれるであろうと警戒されている主要なキャストのひとりです。グリーンルームに至った彼はもちろん出ることなんてできないまま、そこで型番を放棄することを選択しました。その遺体はしばらく(あなたが想定しているよりもずっと長いシーズンの間)とある窓から覗き見ることができました。こういうことがあるからグリーンルームには近づくなと申しますのに。今はその遺体はどこにもなくて、シャールの恥ずかしいうっかりのエピソードが残るのみです。
 ブロキマナクにできごとをおはなしにするなんてアイデアすらなかったころ、舞台と舞台がつながりを持っていなかったころ、それらを繋いでいたのはグリーンルームのみでした。ただそれを繋いでいると表現していいかが疑問です。あいだに在った、それだけですから。まともな手段では目的地にたどり着くことは不可能だったというのに、目的地などなくても今ここでない上にグリーンルームでもない舞台にたどり着くことなんて不可能だったというのに、それをつながりだなんて表現していいものなのでしょうか?その頃ブロキマナクは小さな舞台がおよそたどり着けるはずのない距離で存在しているだけでした。その舞台ごとの文化を特殊な願いで寄せ集めて、今あるように混ぜたものが今のブロキマナクというわけなのです。グリーンルームに屈しなかった先人の軌跡こそ、ブロキマナクというわけですね。

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