ウスルはお仕事がすきなのではありません。しかしいつもとても丁寧にしたので、それは愛しているのとほとんど同じでした。感情などなくとも強くこだわることはできるのです。強くこだわることのできる分量だけ受けるようにとても気を付けているのです。ウスルはキャストの体の不備不調を観察したり、改善したりするお仕事をしており、先生と呼ばれています。そのお仕事はウスルの暦のいろいろなところに満遍なく散りばめられているわけではありません。暇があればとことん暇ですし、時に便利使いされて忙しくなったりもします。他の療法士の穴埋めに派遣されることが多く、その日も急遽、レモン先生の不在に駆けつけ、以降の仕事を引き継ぎました。ウスルのあまり得意としない、カウンセリングも含まれる引継ぎでした。派遣先はあの空に伸びる建物、植物園のあった「一万堂」です。初めての夜以来立て続けに結ばれるこの建物との縁には、並々ならぬものを感じるのでした。入るのが恐ろしいくらいでした。ウスルは一万堂の中心を貫くエレベーター内にひとりで突っ立ちながら、レモン先生が書き留めたメモを読みました。大した内容ではありません。エレベーターは静かに、ゆっくりと稼働して一万堂の上方へと登っていきます。宙に浮いたみたいなエレベーターからは一万堂の中の構造がよく見渡せました。建物の中全体が暗くて、夜の街の夢みたいです。あちこちから色んな色に光る看板が突き出ています。建物の中に建物があります。その屋根の上にこどもがいます。飛び出た店々を梯子が繋いでいて、その梯子の途中にベンチがあり、壁に足場のないドアがあったりします。構造こそカオスでしたが、全てが高級に見えました。立派だと感じました。餌木の部屋のひとつを持つ建物なだけのことはあります。かげぼうしみたいなゲストが、下の階にある池に釣り糸をたらしていて、髪の赤い、大きな耳のような角の生えたキャストがそれに寄り添っているのが見えました。そんな接待が至る所に点在していました。いつのまにかレモン先生のメモは後回しになっていました。光景は、外界前を思いださせました。鉄格子の向こうから大人を誘っていた子ども達を。ボロボロではあったけれど、ここのと同じくらい輝いていた看板の数々を思い出させました。ウスルはもうほとんど見るというより、呆然としていました。そうしたら、キャストが陳列されたショーウィンドウとエレベーターが、至近距離で上下にすれ違いました。冷蔵庫の中を覗いたみたいな青い光の箱の中、背の低いキャスト達が穏やかな笑みを浮かべて、統率を感じさせる各々のポーズにて、整列しています。ひとりのキャストが、上方に遠ざかるウスルにウインクをしました。ウスルは情報へ滑る小さなカプセルの中でそれを見下ろし、見下ろし、キャストが死角に入って、ただの青白い箱になっても見下ろし、見下ろしました。

200209