お靴を履かせてもらう部屋には、ウスルが特別な格好をする時だけ、白い花が活けられていました。ウスルは花に気づいていましたが、ラバランに何も問いませんでした。けれどウスルが花を見ていることに気付いたからなのかラバランは、「あなたがいらすから。」と言いました。しなやかで、やさしいものに接するみたいに、とても丁寧に扱われているのが、いやだってわけでないけれど、気恥ずかしいのです。ラバランはウスルを普段から、無闇に呼びつけたり、乱暴に扱うことはありませんが、ウスルにある種の装いをさせる時だけは、まるでお姫様にするみたいにウスルをもっと助けました。初めて装いをラバランの言うとおりに改めた時、ラバランはウスルを、ウスルさん、と呼びました。ラバランが、この服を着たウスルに対して、どうしてこんなに態度を変えるのか、ウスルにはわかりません。どうしてこうも、うっとりと見つめるのか。自分が何者かわからなくなりそうなので、そんな目で見ないでほしいという意味で、見ないでくださいといつも言います。普段からこういう格好をした方がいいのか尋ねると、ラバランは静かにそれを否定して、またにっこりと目を細めてウスルをじっと見つめるので、尋ねることはもうなくなりました。ウスルは長い間、この姿のまま外に行く勇気は出ませんでした。ラバランはその頃から毎回、ラバラン自身の手でウスルに靴を履かせました。少し高めの椅子に、普段なら、かけるように「指示」されるところを、こういった時は「案内」されます。椅子にかけたウスルの元に跪いたラバランが、ストッキングの薄い生地が張り詰めたウスルのつま先に、靴の先っぽの内側を優しく沿わせて上手に押さえたまま、かかとに靴を持ち上げ、するりと履かせます。ウスルがこの靴を身につけることが、ウスルを守る唯一の方法であるみたいに。縫い付けてある長い二本のリボンが足首をくるくると包むと、まるでウスルの足首が細々としていて頼りないのは、こうしてこの人の手で大事にされる為だという気すらしてくるのでした。ふくらはぎの下のあたり、後ろ側で結われたリボンも、全てウスルのために有るもので、ウスルにしか彩りを添えないのだと言うみたいに、ラバランは毎回とても丁寧に、その位置にリボンを結いました。今日はいよいよこの姿でお外に行くのです。無骨なベルトでなく、薄くてしゅるしゅるするリボンで靴を脚に引き止めながら。その日は、白いペンで引っ掻いたみたいな、今にも消えそうな三日月の夜でした。細い月の日とは思えないくらいに、ぼんやりと辺りの明るい日でした。黒いレースの手袋から伸びる己の手首が病的に白く、まるで発光しているように見えたのと、ふわふわの長いブロンドが、視界の端に揺れるので、ウスルは自分が自分でなくなった世界の中に迷い込んだのだと思い込むしか自分を守る術がありません。あと、ラバランの陰に隠れるしか。俯くと、不慣れな長い髪が肩に触れて、顔を隠すように流れました。その髪の質量をどう扱っていいかわからないので、下を向いたままでいると、ラバランの手が真正面から髪の落ちてきたのに触れて、ウスルの代わりにウスルの耳にかけました。肌に触れないように、丁寧に。その手が普段より大きく思えました。ウスルの方が今にも折れてしまいそうなほど、小さく細い何かになっているからなのでしょう。ウスルは昨日、まずはベランダからにしてほしい、とラバランに伝えました。伝えながらもウスルは、この類の事項で、この人がこの人の口で確定させた内容だけは何があっても覆さないことを知っていました。ラバランはいつも彼がするよりも、いくらか優しい顔をしています。
「ウスルさんのほっぺ、しらじらしてらっしゃる。暗がりにいても月光を照り返して、浮かび上がってみえます。」
ウスルは黒いワンピースを着ていました。黒いレースの手袋をして、黒い縁のメガネをかけていました。先程まで掌に跡がつくほど強く握っていた拳を、ラバランの手にさりげなくほどかれて、拳を握ることすらできないくらいにか弱い生き物につくりかえられてしまいました。ラバランにくっつくことはできないのですが、離れすぎてひとりになることが心の底から嫌だったので、ずっと、ほとんど触れるくらい側にいるしかありませんでした。

181005