ひとりぼっちの水たまりがひとつ
茶色い壁を灰色にする世界を彼は持っている。
必ず後悔する 彼はひとつに忠実である 決して忠実になんてならなかった
空ではない 満たされているわけでもない 潰えぬ泡を握る
正の字は逃げ水。
彼の思考に正しい影がちらついていた。今のところ三つ。煩わしく思う。抱きしめるものを引っかき回す、彼の手で。
所謂そういう、邪魔な実像だった。ひとつは彼の右の目にあった。
左半身ばかり怪我をする。彼も、片割れも。
「愛を体現するものになる
僕は愛を体現した白い機械の彼女らを忘れない
僕の希望が潰えることはない
もし何かの間違いでみんな神様になってしまっても 僕だけはひとでいます」
順番というものがある。序列と言ったほうがいい。
彼には握りつぶそうと思えば握りつぶせるものがあった。蹴飛ばせば形を保ったまま痛めつけられてくれるマネキンが傍らにあった。
それが彼に直結していなければ苦しまなかったろうに、人ごとのように思う、後に分かる。と言っても一日も要さない。彼を柔らかな白濁にひきこもらせる思考である。
彼の世界でも暴行は起こった。
事後に気持ちの 悪いわけではない、深呼吸のできる暴行が。
「そんなことがしたかったわけじゃないんだよね」「かわいそうに」「ふたりともかわいそうに」「きみもわるくない」
悪くないと言わざるを得ない悪が美徳である。
いい世界だと感じる。
決して悪くないと。
選択肢が常に僕の隣に犬として。
悪くない。
バリアフリー。
「君の兄という言葉が表すものが 二極 どちらに触れるかですね」
「万事、どちらでもあります。僕に選択肢はない。」
”選択肢がないことは幸せなのではないか?そう、僕に思わせる資格は君にはない。”
「君を支えているのは 彼らの信用を得ているというただ一点のみ」
「十分です。貴方によって ちっぽけな僕にとっては」
噛み潰して血を見る、吐き出してしまうことはない、彼は焦っている。イラついている。片割れの羽化、仕組みの夢にうんざりしている。おままごとをなぞる、ひまわりに毒された片割れを見つめて。よどんだ水の中から、優越の丘の上から。
左半身ばかり怪我をするのだ。彼だって片割れだって。
その怪我に印を巻いた者も、彼に器を与えたのも彼を焦らせ駆り立てる正しい影達であった。
焦燥を蹴り飛ばす。穢れに任せて鎮静をはかる。「正の字は逃げ水。」
無論いつだって水底に。
よどむ視界と外界との隔たりを愛していた。
その目は 僕はなにも持っていない!と笑い飛ばした太陽を 湖の底から恨んでいる。
涙を糧にする性質だった。今もそう。現に我慢ならない。彼は思う。僕は腐っている。腐ったままでいたいとすら思う。正しくなんてなってやるものか、僕は僕で{}しい。原色を恨んでみせる、僕が動けば不安定は美徳でなくなる。
変化を望んだことはいくらでもある。
結局変化を後悔することばかりなのだ。本当に。
しかし嫌っているわけでもない。全てを嫌っているわけではない。正の字に片足突っ込んではいる。
後悔を後悔するとき、疑うとき、彼は彼でなくなっているのかもしれない。
彼が彼のままでいるには、清らかでない淀みに浸り続けなければ。
指針を持たざるを得ない。惑わすものが多い。まるで正しくあろうとしているかのような努力。
まるで創造、まるで忍耐。
馬鹿馬鹿しくも一回り、ため息すら吐かない。まるで幼い片割れの横顔。決意などするべきではない筈なのに。
”本質は変わらないでいてくれるよね”彼は自分にすら懇願するしかない。
その底なし沼は水たまりと何も変わらない。
150826