シャールでなくても海に入れないわけではありません。要は入ってからのお話です。海にもいろいろあって、真っ青な炎のように力強く巨人の瞳の光を照り返す透き通った海もあれば、泥がエルセンの翼の破片のように軽くなって舞っていて茶緑色をした海もありました。シャールは茶緑色の海が案外好きでした。首元の白い襟のような装飾をふわりとさせて、その濁った海に、シャールは飛び込みました。海の中とは、こわいのです。いついかなるときにも。特に濁った海の中は闇のようにこわい。いろいろなキャストに聞いて確認したので間違いありません。飛び込んだ後は、何かの絞りかすみたいな繊細なちりの自由浮遊する空間に、日の光と一緒に揺れることになります。ここは、底まで行けば、クジラが頭上を通るかもしれないくらいに深いのですが、シャールは浅いところに浮いていました。寒いのに、ぬるま湯に包まれているかのようです。シャールは泣きたくなります。シャールは泣きたくなる時に湧き上がる、さびしいものがなしいうれしさが好きでした。愛していました。シャールはさびしくてものがなしくてうれしく、いみがないものを愛していました。シャールはそれでいいのです。物悲しいのが嫌いな者がいてもいいし、寂しいのから逃げようと全力で身をこわばらせる者がいてもいいし、意味がないものに意味を探して全部をひっくりかえす者がいてもいい。そうでなくてはいけない者がいても、それはそれでいい。賛同もいい。否定もいい。無関心もいい。すべてが寂しくて物悲しくて意味がないから。紅いろの、丸くて、細い糸をそれより細い針で編んだレースみたいにふわふわしているかわいらしいズーシーが浮かんでいます。シャールは、それが、傷つけられていたり、死んでいたり、誰かに愛された後で、捨てられたりしていたら、もっとうつくしいのにな、と思いました。生き物は健康そうでした。しかし、「もし、傷つけられていたり、死んでいたり、誰かに愛された後で、捨てられたりしているのに、気付いていないだけだったら?」とも思いました。白と黒の、胴体の丸い生き物がちいさいのとおおきいの泳いでいるのも見ました。シャールはそれらが自分に似ていると思いました。こんなに寒いのに、ぬるま湯に包まれているみたいで、ふるえました。
その後、びたびたのまま家にかえって、身なりを整えて、びたびたでない体で海のシュガーと海のお肉を食べられる、金属の屋根のお店に行きました。ふきっさらしの店内の地面が屋外と同じでした。黒く塗られた石を敷き詰めて固めた土地の上に立つお店なので、そんな地面でした。緑色のつるつるしたぼろぼろの布で、店内と外が隔てられていました。こんな店まで来るゲストなんていません。だからこの店はほとんどキャストにしか目を向けていません。店内には大きな生け簀があって、シャールはその生け簀から食べたいお肉を選びました。細い糸をそれより細い針で編んだレースみたいにふわふわしているかわいらしいズーシーに似ているのを選びました。
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