ザインは聖よりも早く起きていました。白いやわらかい布団の中にいました。部屋が朝日をとりこんで、自分のすがたが聖に見えるのがこわくて、聖の布団ももらって分厚くして、朝の光に備えていました。自分のすがたが自分に見えるのもこわくて、手は震えました。ザインは自分の手がかわいそうだと思いました。守らなければならないに違いないので、もう片方の手であたたかく包んであげました。聖が昨夜あたたかく包んでくれたのを思い出してそうしました。ザインが聖といっしょのベッドで眠ることははじめてではありませんが、ザインが聖より早く目を覚ますことは今日が初めてでした。ザインはあまり眠れなかったのです。眠らなかった分、昨夜のことがそのまま今まで続いているみたいによく思い出せました。よく思い出せるというのに、なにがあったのか理解できていませんでした。
あの夜を思い出すことが日常化するとなぜか、ザインは聖の目を見れなくなりました。けれど聖のすがたが見たくて仕方なくもありました。かつてあれほど流暢に言葉を紡いだはずの口が、言葉を詰まらせるようになりました。はきはきひとりごとを言わなくなりました。ぶつぶつひとりごとを言うようになりました。ぼーっとすることが増えました。誰と遊んでいても、いつの間にかあの夜の匂いを思い出して、スイッチが切れたみたいにぼーっとしてしまいます。そうして結局聖を思い出すのなら、聖の居る場所にいればよくて、それに気づいたら、以前より外に行かなくなりました。ザインは聖の名前を覚えていません。けれど、あの夜以来、知りたくなりました。ザインは聖に名前を問うようになりました。ぴいちゃんの名前を教えて、と。聖は自分の名前をザインに教えました。ザインは何度も聖の名前を問いました。そのたびに聖は答えました。ザインは毎回覚えられませんでしたが、とてもうれしそうに、照れくさそうに聖の名前を聞きました。毎回大事なものができたときの表情をしました。何度も大事なものがうまれる経験ができるのはとても素敵なことです。聖を聖と呼ぶことはありません。覚えていないからなのか、恥ずかしくて呼べないのかはわかりません。それはザインにもわからないことなのです。