窓を少し開けて、伸びをします。朝の匂いを吸い込みます。今日が花見日和なのは昨日に公園の桜を眺めたので知っていました。今日は氷室くんと県くんと花見に行く日です。日の柔らかに照った日ですから、シャツに薄手のジャケットを羽織って行くことにしました。すぐにおいしいパンにありつけるはずなので朝ごはんはコーヒーだけです。

10:00 三堂駅前 

待ち合わせ場所の三堂駅改札前にはすでに氷室くんがいます。彼はすぐにこちらに気が付き、携帯に向けていた顔をこちらに向けました。「おはよう」
少し遠くからあらかじめそう言って、手を振って、私を迎えます。

名前を知らなかった頃から制服姿の彼しか知らなかったので、私服は初めてです。氷室くんが携帯に文字を打ち、連絡をとりながら話します。


「国丸は、午前苦手だから。遅れるかもですね」
氷室くんが重ねて「携帯見ててごめんね」とフォローしました。私が首を振ると、彼は薄い脣を弧にして、声なく微笑みます。


「あ、もう着くって。そろそろ来るはずですよ」
「来た来た」
先に県くんを見つけた私が手を振ります。
顔を上げて携帯をしまい、氷室くんが「おはよ」と言います。
「よー。待った?」
県くんが手袋をした手を挙げます。県くんの私服姿を見るのも初めてです。
「私服でも手袋してるんだね」
私が手袋を指さすと、県くんが右手で左手をさすりながら、「潔癖だから」と言いました。
「の割に手袋、穴開いてるじゃん」
氷室くんが言います。よく見ると手首に近い縫い合わせのところに小さい穴があります。「あーあ」
県くんはそれを見て呟きます。そして「買わななぁ」と独り言のようにこぼしました。

パン屋へは徒歩で向かいます。カフェや本屋には困らない地区ですから、休日の駅前にはそこそこ人の姿が見られます。
「パン屋行ってー、河川敷まで歩いてー、お花見しながらパン食ってー。それでも時間余ったら僕んちでも行きます?」


「この季節って上着いるのかいらないのかわりませんね」
氷室くんはなんとなく寒そうにズボンのポケットに手をいれます。
「いるよ。さみぃ。早よいこー。俺、あんぱんとクロワッサン食べたいし、寒いさむい」


県くんは猫背気味の姿勢で、もっと寒そうです。

三人で歩きながら
「ん、パン屋ってmugimugi?」
県くんの質問に氷室くんが そだよー、と穏やかに答えます。
mugimugiは三堂駅近くにあるそこそこ大きなパン屋さんで、三堂のパン屋さんといえばmugimugi、といった貫禄すら持ちます。
まあまあ大きな店舗にまあまあ大きな駐車場を備えていて、遠方からのお客さんも少なくないようです。
「あそこな。そこそこデカイしまあまあうまいな」
県くんが言います。
「最近増えてるチェーン店ですしね。あそこ本店らしいよ」
氷室くんが
「え?他のがデカいじゃん」

「国丸って午前中に行ったことないでしょ?」
県くんが「ない」と
「10:30にバゲットと食パン焼き上がるんですよ」
「はー。どうりで。
「親がそれ買ってこいつって駄賃よこしたわ」

「Mugimugi」は、三堂駅から徒歩5分のところにある大きなパン屋です。煉瓦造りの西洋建築を模した外観
「パン屋って好きだなー」
「僕もぉ」
各々トングとトレイを持ってパンを選ぶ人の流れについていきます。
とはいえ運良く人は少なく、自由にこんがりやけたパンを選ぶことができます。
「あっ国丸」
「あんぱんこっちにあるよ。メロンパンも」
「くるみパンは?」
そんな食えんの?
持って帰る

「あとプリンパン買ってかなならん」
「妹?」
「うん」
「パシリだ」
「うん」
県くんがそう答えるとほぼ同時に氷室くんが「フルーツサンド!」と言って県くんから離れていきました。
「妹さんいるんだ?」
ひとりになった県くんに聞きます。
「そ。2つ下」
「仲良い?」
「普通……まあ歳近い割に喧嘩もなくやってんじゃない」
僕フルーツサンドとカスクート食べちゃうもんねー
会計を済ませながら

「氷室くんて兄弟いるんだっけ?」「いません。ひとりっ子ですよ。
県くんに羨ましいだろと言って、
「んー?まぁ、羨ましいとこもあるし別になとこもある」

向かいながら
「僕、国丸くんと同じマンションなんですよ」
「へー!ご近所さんなんだ」
「というか最上階のすごい家に住んでるんですよ国丸」
大理石
「そう。国丸もだけど、国丸の妹ともちっさい頃から遊んでたんですけど。にいちゃんいっつも妹にいろいろ取られてましたよね」
「最近ちょっと丸くなってきたかも」
「国丸みたいなにいちゃん欲しいな。なんでも貸してくれそう」
「正司みたいな弟やだな」
「ちょっと……ーくんが僕のことやなやつだと勘違いするようなこと言うなよな」 
「斎藤くんって結局僕らんちのほとんど目の前に住んでるんだよね?」
「そうみたいだね」
「一人暮らしで」
「えっ そうなん!?いいなー」
「めっちゃ遊びに行っていい?」
「いいよ。なんもないけども」
「なんか持っていきますよぉ」
「あ。気をつけんとこいつ勝手にエロビ上映会始めるぞ」
「あーーーーっ!!!すぐバラす」「なんでそんな●にいいカッコするん」
「え?分かりませんか?」
「いいカッコしてるの?」
「してる。ネコかぶってる」

「ちょっと」
「そのうち自然と剥がれる化けの皮だから」


氷室くんが駐車場の車を振り返りながら
混んできましたね
混む前に出れてよかった
河川敷までの道は氷室くんがくわしい


河川敷

うわー桜やべー
遠くからでも

満開じゃない?

「駐車場も結構車あるね」
「日曜ですしね」
県くんがあ!と声を出す

「あそこのベンチ空いた!」
ベストポジションじゃん

いこいこ。

満開の桜の下のベンチ

……

国丸くんどうしたの?
「座りたくないんでしょう。潔癖が仇となったな」
「仇とならないことないから。いいよ2人座れば」
「奇跡的に洗濯したばっかのでかいハンカチ持ってるけど敷く?」
「敷く」
「ないよりマシ?」

県くんは氷室くんが払ってハンカチを敷いたところに「ども」と言って座ります。
私を挟んで3人が並んでいます。そよ風が吹いていて、寒くも暑くもない。
河川の際の低くなった原っぱに、犬を散歩させている人たちの集まりが見えます。
対岸の桜も満開で、時折車を止めて写真を撮る人も見受けられます。

県くんがガサゴソ音をさせてあんぱんを丁寧に取り上げ、手を汚さないように袋に手を添えて
「やっぱ時々は季節感のあることしないとな」
国丸あーん
「潔癖だっつってんのに」
「国丸誘わないと一生外出ないから」

1そんな感じする2

妹か弟いそう3にいちゃんかねえちゃんいそう
よく言われる。

国丸ひとりっこ羨ましいだろ。
「んー?まぁ、正直。羨ましいとこもあるし、別になとこもある」
僕と国丸くん、同じマンションなんで、国丸とはもちろん、妹ともちっさい頃から遊んでたんですよ。
え、じゃあふたり一緒にくればよかったじゃん。
僕、おさんぽしながら来たんで、出たの8時なんだよね。
はや

国丸にいちゃんはねいっつも妹におやつなり順番なりなんかしら取られてきた歴史を持ちますね。
俺より欲しそうにするから
国丸みたいなにいちゃんもったらいいだろな
優しいから?都合がいいから?
え、やぁ……おもしろいから。

「たまには花見っぽいのもよかった」
街出るより楽しいかも、と添えて、国丸くんが伸びをします。
「●くんって結局僕らんちのほとんど目の前に住んでるんだよね?」
「そうみたいだね」
「門限は?」
「一人暮らしなんだよね。補導されなきゃ大丈夫」
「えっ そうなん!?いいな」
県くんがびっくりしてこちらを見ます。
「めっちゃ遊びに行っていい?」
氷室くんがそう言って、目をキラキラさせている気がします。
「いいよ。なんもないけど」
「なんか持っていきますよぉ」
「あ、気をつけんとこいつ勝手にエロビ上映会始めるぞ」
「あーー!すぐバラす」
「バレるよどうせ……」


「ハッ……あそこのチワワ、めっちゃでかいブルドックの足に盛ってる」
「こういうとこだよ」
「あれいいな。絵にしてTシャツにしたい」
そんなのできるの?
これこいつの絵だよ
ゆるいタッチの牛が「B」の形に並んでいる絵
え、すごい。普通に欲しい
ちゃんと着てくれるからウケるな

そういや県くんの連絡先聞いてないや」
チャット部屋作ればいいじゃん

「あの店員さん高校生くらいじゃなかった?」
「同い年くらいかもですね
多分
「バイトさがそっかなって。Mugimugi求人出してないかな」
「あ、僕のバイトしてる店、人捜してますよ」

もうすぐ1人辞めるらしくって。
カフェバーらしく、17:30か18:00入り22:30までのバイトらしい
ちょっと夜遅いけど時給悪くない
面接してもらえるようマスターに話しとおしてくれるらしい。
なんだかんだだべって夕方前まで遊んだ。