ウスルはチップスを食べないので、ザインにあげてしまいます。ザインは受け取り慣れた今でも、初めてのことのように受け取ります。受け取り慣れていないのかもしれません。ウスルは、このカードとチップスのカードにしか用事はありませんが、カードだけが販売されていたのならもちろんそれをコレクションしなかったでしょう。チップスについているカードだからよろしいのです。これはまさしく風情の問題です。チップスのおまけのカードが几帳面に収集された特別なファイルは、チップスを多く入手した優良なキャストへのお礼のような手筈で交換した本当に特別なものです。今日はチップスを買う日です。ウスルは決まった周期でチップスを入手します。ウスルは同じ店でしかチップスを見ません。ウスルの大きな家から歩いて少ししたところにあるお店を利用します。いつも同じ棚からひとつだけ、その日の直感を信じて手に取ります。同じような足取りで店を出て、チップスだけを持って帰ります。毎回同じようにワクワクしているはずですがワクワクはいつも新品です。家に帰ればカードの入ったつつみだけを几帳面にはがしてもらっておいて、ザインに未開封のチップスをあげてしまいます。そうしてから、いつもと同じソファにいつもと同じように深く座って、カードの袋をぴりぴりやるのです。いつものようにザインが後ろから見ています。今回誰が出るか一緒に見ます。ふたりのお決まりの楽しみでした。耳元でザインがチップをざくざく噛む音がします。呑む音も。開いた袋からカードの端っこが見えました。もしかしたらまだ持っていないカードかもしれないお色です。半分くらい見えたところで、お、と声が出ました。それは持っていなかったカードで、それどころかそこにいたファイターのカードはまだウスルのファイルにひとつもありません。掌の上の彼はデビューしたてなのですから。ウスルは嬉しくてすごく小さく鼻をふんと鳴らして小さな彼の姿をザインに向けました。ほら、カードの彼は凛々しいような気だるいような、清楚なような雰囲気で、それを見ると彼の舞台での活躍がよみがえります。ウスルが引き当てたのはかいゆうかいていさかまたおうじです。青い髪に真鍮色の鋭い角と同じ真鍮色のマスクをしていて、鋭くて、切れ味の鋭い知性を感じさせる目つきをしています。彼はプラットリンバンサイテスの公式戦、グレブとの闘いでデビューしたファイターでしたから、当時からとても目を引きました。グレブは何と言っても元オーナーですから。その後、主要ファイターにも劣らぬ勝率でそつなく器用に勝ち上がり、トップ戦線に食い込む奮闘を見せました。ウスルはこの演目に特に詳しいのです。先日行われた公式戦での彼は、刃物の靴で滑るみたいに軽やかに相手を傷つける、オルゴールの上のお人形みたいに見えました。冷たい人なのでしょう。拳に愛がないもの。闘志がなくて、殴ることにわくわくしないから、それでも殴ることへの興味は保っているから、殴ることに雑念の入る隙が無いのでしょう。マスクでほとんど表情は見えませんが、いつも同じ目をしています。君には興味がないけれど、暴力には興味があるよ、という目。おうじと呼ばれる彼ですから、一見高潔に見えますが、高潔ではないのでしょう。とても勝手な理由で、あの場所に立っているのでしょう。ウスルにはそれが美しく見えました。だってファイターは、ファイターだけは、舞台の上でキャストを直接害して傷つけるのです(型番越しだという意味では直接ではないですが)。その勝手な行為が勝手な理由で始まっていたら、すぱっとしていて、気持ちがいいではないですか。けれど別に彼が舞台に嫌々上がって、嫌々キャストを殴って型番を壊していてもいいのです。あの舞台の上の世界だから。あの舞台の上ならどんな性質だって、個性だって、ステキな色です。全てが許されます。ウスルは許します。すべての性質や個性がウスルの興味を引きます。ウスルがカードのつつみをくしゃくしゃ握る音がお部屋に響きました。ウスルは新入りを丁寧にファイルに加えました。ウスルは新入りの加わったファイルを閉じました。重たい本の閉じる音がしました。次のファイトの舞台の予定に思いを馳せました。わくわくしたので少し笑いました。ウスルはファイトがどうしても、好きなのです。

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