左薬指を結わかず外しておこうか迷う。将来の救いのために。戦友を心配してのことです。ラバランが梶木を見る心を、一番うまく言い表すには、愛とか情とかいったぬるぬるしたものをなるべくとっぱらうのがいいでしょう。そして観測不可能なところまで歴史を付与します。ラバランが梶木を見るとき、ラバランは舞台に上がったばかりの頃のことを思い出します。梶木は保たれていますが、とても古くて、万全ではありません。梶木がロマンでなかったら、もうとっくに舞台を降りているでしょう。梶木はソファに横たわっていますが、梶木を構成する本物の要素がもう顔面、要はマスク部分くらいしかないので、横たわった型番の形をした特別な台座の上に掲げられているのと変わりません。ただその台座がたまたま梶木の意思を少しだけ反映してくれるだけです、梶木はその意思を反映する左手のような装飾を用いて、とれてしまった薬指を勝手に、とても近付いてきたラバランのポケットに入れましたが、ラバランは近付く用事を終えてすぐに離れて、薬指をすぐに出してしまって、机に置きました。ぎっしり詰まった金属の音をさせて。 「関わる人がいけなかったみたい。緩んで緩んで、取れちゃった。こんなんじゃすぐ、バラバラになっちゃう」
ラバラン、結わいてくれる?ラバランは笑いません。これからする作業の準備をしていて、下を向いています。梶木はにっこりしています。梶木の便宜上の体は、腕のうちひとつと、片方の太股から下と、ある方の腕の薬指とがないのであまり動けません。梶木はソファに斜めになっていますが、片脚を使って地面に踏ん張って、指の足りない片腕でソファの背もたれを引っ張って、身体を起こしました。ラバランは梶木が「結わいてくれる?」と微笑むずっと前から「結わく」準備をずっと続けていました。梶木はその間、お暇でした。けれど梶木はその間どころかずっとずっとお暇なのですよ。だって彼は象徴でしかありませんから。ギチギチと肘を鳴らせて手を口元へ、カチカチと指を鳴らせて顔に沿わせ、キリキリと首を鳴らせて首を傾げ、お人形のようなツギハギの仕組みで体に繋がった、そこだけ生っぽい少年の顔で、梶木がうふふ、と笑います。動けないなら動かないでと言って、ラバランは梶木の着物の仕組みを解き、丁寧に、しかし無駄なく、脱がしていきます。
「ラバランは替えれば、治るって考えていないから、いい。この世の人じゃないみたい。ボクは、生きてるうちは、この身体で生きたい」
型番の終了をあえて死と表現するのなら、梶木や、ラバランは、「死」にたがりません。多くのキャストがするように、死を無限の権利と同じ使い方をしません。与えられたことは使わないのです。”機能は必然性に由来します。優しすぎる神様に与えられたかぶせものの選択肢は、その必然性にゆがみがあります。けれど大丈夫、その下には必ず本来の必然性が眠っている。”それを、ラバランは忘れたくないのです。
「ボク、いない、割にはよく、存在してる……キャストを名乗れそう……ふふ、」
左大腿を内腿から支えて、背もたれに寄りかかり静止する腕のない裸の身体に凭れて、殆ど力ずくで、ラバランは梶木の脚部を臀部にはめ込みました。暫く動かさない様に指示し、元々結合していた部分のねじ切れたみたいに見える箇所、生っぽい、味のしそうな質感の部分に細い手肢を近付けました。目を閉じるように指示しました。帯で梶木の目を隠しもしました。梶木は、熱い、と言いました。ラバランは止めません。梶木だって、やめてほしくて言ってるわけじゃないのです。梶木は時折けらけら笑うので、まるでくすぐったがって、金色の身体を動かしているみたいにも見えます。ラバランは容赦なくその体にほとんどのしかかり、押さえつけました。梶木はますます笑った後、優しい顔で繋がっていく身体を見つめます。
「ラバランは、丁寧だね。あなたの糸で結合した肉体なら、ボクは、あなたや、兄さんを殺せるんじゃあない?嫌だ、ラバラン、何て悪趣味に嗤うの……」
ラバランは微塵も笑っていません。ラバランにとってはこの時の梶木の表情ほど、悪趣味な自嘲はありませんでした。

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