ナリエの傘持ちを見たことはありますか?ナリエの関わる演目には大抵ご一緒しているはずですよ。大きな、はたまたもっともっと大きな、とにかくさまざまな犬(犬というのはイグイグに似た、ご主人様に従うものの比喩にも使われるおさかなのようなものの総称です)が統一された趣向の衣装を着て並んでいる姿は壮観です。ナリエを彩る大きな彼らは、小さなナリエをまるでとても簡単に、専門的に助けられる精鋭のようです。いつ見ても5体、欠損がある際でも4体稼働していて、ナリエの向く方を彼らも向いているはずです。「ナリエの犬」にはブロキマナクで「傘持ち」という大きな総数の中でもいちばんこまめで丁寧な補充が必要というのは意外と知られた話です。ナリエを伝説のように語り継ぐときに、その勇猛さの裏付けのように語られることが多いからです。ナリエの犬のためだけに職人が常に待機して常に稼働して、それで初めてナリエが必要とする数に達する、というほどにナリエはすぐに犬をダメにしてしまうのでした。

ナリエの犬のダメにし方にもいろいろありますが、一番多いのはナリエが殴って犬が死んでしまうことです。ブロキマナクにナリエほど力の強いキャストはそういませんから、一発殴られて使えなくなった傘持ちも数えるのにとても骨が折れるほどにいます。ナリエがタバコを咥える仕草をしそうになったら、ナリエの犬はほとんど例外なくライターをすぐに差し出せるように胸ポケットに手を突っ込みます。膝をつこうとします。それでいいのです。その予備動作のなかった犬をナリエは殴る準備をします。ナリエの道具になりたい犬候補はナリエが関知していないだけで星の数ほど、星の山の数ほど、山の砂の粒ほどいるのです。火を付けに来ない犬がいればナリエは舌打ちしてその犬を呼びつけます。犬は肩を震わせてナリエしか意識しなくなります。その犬はナリエが定義しないと消えてしまうのです。犬はそれを本能で恐れています。ナリエは犬をしこたまぶん殴ります。そういった損傷に型番が耐えられなくなれば新しいものが補充されるということです。

またナリエが直々に壊さないで、捨てられる犬というのもあります。ナリエが手を下すこと自体がご褒美になってしまうほどに、犬としての根性がねじれ曲がってしまったザグリーです。そういうのはナリエに触れられればナリエの役に立たない行動も辞さないものがまじります。ナリエの害になるものはナリエのそばにいりません。

そのように、多くが壊れたし、壊れかけました。そうして入れ替わるたびに、ナリエがつけていた最初の5体の犬の名前が次の犬に引き継がれるわけです。
ひとつだけ、一番最初の5体のうち1体、最後まで残ったのがいます。「シシー」というひときわ丈夫な犬です。ナリエがいくら殴っても、ナリエがいくら蹴っても、いくらナリエを助けても、助けなくても、今の今まで彼は壊れませんでした。彼を設計した職人とそのザグリーの丈夫なことの賜物です。
ナリエも初めはその犬を認識していなかったのかもしれません、随分と経ったころに殴っても燃えてもおぼれてもちぎれても残って、立っている傷だらけの姿を見て「ほう、いるなぁ」なんて初めて認識したのかもしれませんね。

認識された犬はよく呼ばれるようになります。重宝されるということです。シシーは丈夫なだけで、実は一番気が付くというわけではありません(よく気の付く犬は打たれ弱いことが多いです。不思議ですね)。それでもなくなるものはなくなります。風化ということもありますから。ナリエもそれをよく知っています。犬がそこまで知っているのか、意識しているのかは問題ではありません。今ナリエとシシーは一緒にいます。それもたびたび隣に。シシーの名前はシシーにしかつけられませんでした。それだけですし、それはたまたまです。しかしこれはとても珍しい。それどこか唯一です。珍しいことは、唯一であることは、往々にして価値の理由にもなるものです。どおりでナリエを恋い慕うキャストにしろゲストにしろ、「シシー」の名を羨望の意を込めて呼ぶものです。

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