アルチュールが初めてお肉を食べる日、アルチュールはラバランを食べようと考えていました。正確には、食べてもいいですかと尋ねる算段でおりました。向かい側、同じ食卓に着くラバランの、本日はシンプルな指輪が幾つか光る大きな手をじっと見た後、その手を指さして、困った顔をして、言いました。
「これをあなたはいつも使うから。私がこれを食べては、あなたは困るか、悲しいかしますか」
ラバランはアルチュールといると驚くことが多く起こることに少しは慣れて、驚かなくなりました。なのでわざと少し声を出して笑いました。安心させることを意図して。
「きみはとてもお腹が空くキャストなのですね」
「ふつうじゃないのですか」
「ザグリーによるのです」
「そう意味ではなくて、僕が尋ねたことは常識がなかったですか」
「いいえ。だってきみは私が困らないかを尋ねたでしょう」
アルチュールには始めから、目の前の誰かを思いやる優しさが備わっていることにラバランは気付いていました。優しさがあるかないか、それはラバランがある事を判断するのにとてもよく使う尺度です。またそれは普段は使わない尺度です。
アルチュールは自分の手を持ち上げます。見つめます。皮膚の起伏を見ているみたいに近付けて。口を開けます。ラバランはまさかと、少し立ち上がります。詳しく描写することは避けましょう。アルチュールは大きな声を上げてすぐにうずくまり、噛みちぎりかけた手をかばいます。ラバランは重い椅子から立ち上がり駆け寄ります。寄り添い、アルチュールの肩に手を添えてかばうみたいにします。ラバランはキャストに触れないようにしていました。けれどそれはキャスト個人の好き嫌いへの配慮に過ぎません。それに、それどころではありません。アルチュールの血は?ラバランが何も問わなくてもアルチュールは首を振ります。ラバランは悩みに悩んだ末に、とても優しい声で、「お腹がすいたね」と言いました。アルチュールは俯いてはいませんが目を逸らしています。アルチュールは尋ねます。「あなたからは、どう見えているのです。まさか、馬鹿みたいですか」ラバランはいいえと答えます。アルチュールは恥ずかしそうにも悲しそうにも声を振るわせ「僕はきっと、おかしいのだろう」と言いました。ラバランは「ここじゃないところからここにきたみたい」と言いました。するとアルチュールがかすかに頷きます。
ラバランはゆっくりと、「私もここじゃないところに行ったらきっとそうなる」
「まずはわたしときみのふたりの間で、変ではないことを作りましょう」と言いました。
240908