餌木のスーツが白く眩しくて、曇り空の温室なのにオルロレンチは太陽にするみたいに目を細めました。発生したばかりの温室の天蓋の白いベールに重なる白いベールに重なる白いベールの下には白い餌木と黒いオルロレンチがふたりきりでいます。
動かないからなかなか滅びない、そういうおさかなだけを集めた大ぶりな天蓋付きのベッドを「温室」と呼び始めたのはグレブというキャストです。餌木のおきさきさまでもある彼は、同じ種類のものを分類して集めることが癖のようになっているのでした。
オルロレンチが大して大きくはない、指先を使った身振り手振りで餌木に何かを伝えようとします。餌木はそれを見ているような見ていないようなで、いい加減なものです。
「あなたことばがうまくないのよ」
餌木はオルロレンチを横目で見ながら棚に手を伸ばします。鉢に眠っている褐色をしていて丸く細長いおさかなを、長く装飾された爪を器用に鉢と鉢の空間に差し込んで手に取ります。
「この天蓋付きベッドで眠るズーシーは全て、これからサボテンと呼ばれるのよ」
餌木は温室を見渡して目を細めます。遠くに温室の管理人に当たるキャストが控えていて、その手の鍵束の光りだけが2人には届きます。そのくらい温室は広いのです。誰も2人の会話を聞いてはいません。
「あなたは時々、部分的に、私と似ている点を持つわ。ひとりでいるつもりなのでしょう。気が遠くなるほどの時間が待っているとわかっていても」
餌木は鉢へ鉢へ鉢へと爪を滑らせます。これからブロキマナクで歴史を刻む、その間ずっと眠り続けることでプリンシパルに寄り添うかもしれない生きた宝石たち。餌木は時々鉢を手にとります。美しい筋のある背中を丸めて眠る、もしくは背伸びのような姿勢で並んで群れて眠る、もしくは直立して孤独に天を仰いで眠る、さまざまな美しいサボテンを手にしては眺めて棚に戻し、また手にとります。
「サボテンを持つといいわ。このズーシーは長持ちして、しかもあなたやあなたの傘持ちを煩わせない」
きっと、餌木は続けます。
「この寝台にはもっと、手が入るわ。名所にするとグレブが言っていたから。彼らがいれば、ひとりじゃないような気になれるもの」
オルロレンチは餌木に手渡された小ぶりなおだんこのような個体の眠る鉢を持ち、じっとそれを見つめましたが、棚に戻します。餌木はそれを見つめます。
「眺めて一緒に生きるだけよ。何も期待はできないわ。けれど、大抵において、それが全てでしょう?」
餌木の横顔はサボテンが好きなのか嫌いなのかを図らせません。
「オーナー餌木、あなたはサボテンを持っているの?」
「いいえ、知っているだけよ」
オルロレンチは頷いて、しゃがみます。足元の棚の手を伸ばします。
「私はこれから、どんなふうに生きるのか分かりません。私もあなたたちのように、この土壌のお世話をするのかな」
オルロレンチは鉢に向かって宛てなく手を広げて、戻します。土壌というのは手元の鉢の数々を言っているのではありません。餌木が鉢だと思っている範囲を、オルロレンチも指しています。餌木が笑います。
「そうしてくれるの?信じられないわ」
餌木は腕組みした手から光る爪をにょきっと出してそれで自らの腕をトントンとしています。
「私ではあなたの面倒なんて見れないもの。グレブに任せることになるでしょう。あなたの力をグレブの元で振るってみれば?それがすべてと噛み合えば、私たちの思惑通り、ブロキマナクにも水やりをすればいい」
餌木はまだクスクスと笑っています。しゃがんで俯いているままのオルロレンチを見ます。オルロレンチの手にはいつの間に手に取ったのかかトゲのない丸い拳のような白い塊がひとつ植えられた鉢があります。白けた地肌サラサラ表面に、大小様々な切れ目のような段差を持つ個体です。
「見せて」
餌木は言いました。オルロレンチは立ち上がって手を差し出します。とても目を近付けて見ると、白い肌の段差は震えています。オルロレンチは笑っているのか悲しんでいるのか図りかねる表情でじっとして、白い塊の段差のような筋を凝視しています。数えているのかもしれません。白が少し濃くなったようなその筋に規則性はありません。しかしランダムであることが一種の規則のようでもあります。均一なのです。
オルロレンチの笑っているのか悲しんでいるのか判別のつかない表情、これが彼の無表情なのだと餌木が気づくには時間は掛かりませんでした。これが彼の無表情なのだと認めるにはそれよりも長い期間が必要でした。諦めるのにもそうです。そのくらい餌木はオルロレンチに呆れてもいるし、警戒もしているのです。
オルロレンチの手の中で、白いサボテンが段差を割ります。震えてゆっくり、目を開きます。
「この子と住みますから、小さなお家をはずれにください。大きなお家ではいけません、にぎやかでも良くありません」
オルロレンチはその白いサボテンが物珍しい目玉を回してオルロレンチと餌木をキョロキョロと見つめる、それには特に反応しません。餌木は嫌そうです。サボテンを睨むというほどでもなく見ます。怪訝な表情を隠しません。
「私にはほとんど私がわかりません。私を適したところで長持ちさせてくださいませ。だって、餌木、あなたの方がお詳しい」
餌木はサボテンを持たないのにサボテンをよく知っています。餌木はシュガーを取らないのにシュガーにも詳しい。ナイフを持たないのにナイフにも詳しい。オルロレンチについてもそのはずです。
「あなた、それにするつもり?」
指差された白い塊はじっとしています。オルロレンチは頷きます。ここは素敵だとも言います。また来ますとも言いました。白いサボテンをもっと持ち上げて目線を合わせて、素敵ですとも言いました。にこにこしたオルロレンチにもっともっと掲げられたサボテンが、二つ目の目を開いて餌木を見降ろします。よく見たら三つ目の目を開けようとしています。それを観察しているとそれが目でなく口だとわかりました。餌木はため息を吐きました。好きにすればと言うのもめんどくさくなりました。餌木はオルロレンチといるといつも、呆れと警戒を少しずつ募らせます。そして最後にもうどうでもいいかも、と思う、そのサイクルを繰り返しています。

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