グレブさんのお部屋の調度は昔、まだグレブさんが僕と同じ位何も知らなかった頃から彼と共にあるものらしい。僕にはそれらの調度の価値とかいわれについて何も分からないけれど、その調度達が長く使われてきたという事だけは見ればわかる。それが今も使われているということに価値があるってことも。大事にされてきたというより本当に長くただ使われてきた、ただ共にいた、そういうもの。今、グレブさんの部屋には重ね箪笥とソファーとトライポッドテーブルくらいしかない。先輩の部屋にある家具の一部はグレブさんから譲り受けたものだ。「部屋使わない者が家具持ってても仕方ないでしょう」そう言って椅子と机と本棚を先輩に譲り渡した。僕も先輩も驚いた。僕らにはこの人の持ってる物全てに価値があるように見えたから。この人が何を大切にしているか僕等ではわからないから。その行動にどちらかというとアンハッピーな意味があるんじゃないかとすら勘ぐった。今先輩が使っている深い赤茶の椅子の年月が培った艶には、グレブさんの収集する刃物の類と同じ価値がある。恐らく。本当に使わないから、価値あるものなら尚更きちんと使ってくれる人に譲りたかったんだろう。彼は自室をそう使わないから。先輩は日常的に自室で書き物をする。そういう人が使っていた方が家具も幸せなのかもしれない。使われない道具の不幸については、僕が語るとあまりに肩入れし過ぎる結果になりそうだった。先輩の部屋には、この世の先輩の部屋と、先輩の世界の先輩の部屋とがある。もしかしたらもっとあるのかもしれない。「自分の部屋」というものが好きなんだろう。彼は。グレブさんと聖は、自分の部屋が好きじゃない質らしい。僕は比較的、グレブさん達寄りだろうか。そもそも僕は自室を持たないから。先輩はそのグレブさんの家具のある部屋に今も引きこもっている。
グレブさんが持つナイフには二種類ある。彼が僕くらい何も知らなかった頃から収集していた所謂コレクションの類と、彼のナイフ。 「彼のナイフ」と表現したものは、彼が日頃、手遊びしたり方位磁石にしたり便利に使いまくっている、恐らく手肢の類。コレクションのナイフをグレブさんは人に見せない。聖はそれらを見たことがあると言っていた。聖曰く、地下のグレブさんの領域にはナイフが並べられたガラスケースがあるだけの暗い展示室のような部屋がある。長い廊下のように一方向に極端に距離のある造りで、グレブさんのコレクションが増える度に、その廊下部屋は伸びる。拡張する。「グレブの歴史なんだよ。」同時に、いつでも切り捨てられる過去の遺物でもある、聖はそう言った。 それがグレブさんの歴史であるという理由も、今なお伸びて、拡がり続けるガラスケースを過去の遺物と呼ぶ理由も、予想がつかない訳ではない。けれど、いつものグレブさんを思い浮かべるとちぐはぐな気持ちにはなる。僕からしたらグレブさんは、決して文学的でもナイーブでもない。
160119