首のない僕の体は、欠乏の反動のように先輩に懐く。すり寄る。献身的に媚びる。ない頭を気にするそぶりもなく、首の断面を先輩の男性器に擦り付けていた。何度も往復していた。腰をくねらせていた。首の断面からモザイクが散る。転がる首だけの僕の目に、僕の血が付着する。生首の僕は、五体満足の先輩と、首のない僕の愛し合う膝元に転がって忘れ去られている。透明人間以下になっている。僕の信じている、今も信じている、考えに基づけば、セックスは愛と相性がいい。そう信じていた。今も信じたい。だから、とても大切に想像していた。セックスが人を深く傷つけることすらできてしまうのは、それが、精神に効果的に触れる数少ない術でありながら、万人が平等に持つ権利だから。僕にとってその考えを今も正しい。不完全だとしても、正しいに決まってる。しかしその正しさは、僕の弱さにけがされている。セックスの上では、殆ど泣くのと同じ感情表現が許される。僕にも許される。セックスが僕に嗚咽を許すと、僕はセックスにすがるようになった。セックスは祝福になった。今はそう。だから自分を消したい。今の僕にとってセックスは、涙を流すことのできない僕の、数少ない、悲しい苦しい悔しいを表現することを許された時間になった。そんなものに、セックスは墜ちた。墜とした僕だから、僕は消したい。首だけで転がっていると、感情らしい感情は風化して匂わなくなる。僕は地面とあまりに近すぎて、海の底にいるみたいな視界で世界を見ている。この場所からでは、先輩の表情は見えない。見えるのは、這いつくばる身体の方の僕が濡れた断面を擦り付けている、ブルーの血にまみれた先輩の男性器の裏側とかである。先輩は、僕の体に首がないことを条件に、僕に甘く話しかける。僕に可愛いと言う。良い評価を下す。僕に、首だけの方の僕に、無い胃からこみ上げる幻覚が伴う。首の僕は、転がったまま、とにかく見ている。聞いている。おぞましさとか、うつろさとか、ばかばかしさとかを感じて先輩を軽蔑している。この人は、間違いなく心の底から、軽蔑に値する。いつも。僕は、僕のその感覚を何度も何度も反芻する。何度も何度も、頭の中で繰り返し唱える。言葉として、まじないとして、祈りとして、先輩が嫌いだ先輩が嫌いだ先輩が嫌いだと唱える。生首である今の内に確かにしておく必要がある。僕が、首の僕が、身体の僕とつながったとき、僕は僕を失う。それが先輩の思惑であり、この茶番のキモだった。僕のアイデンティティを、僕の許せないものを、僕の信念を、僕はいとも簡単に失う。そのシナリオを先輩は、僕に体験させて、僕をくだらないものだと証明したいのだ。僕の体はいつまでも彼に尽くす。愛おしそうに体を揺らす。僕は僕の男性器が血を集めて、腹につきそうなほど張りつめているのを見ている。先輩が僕の体を撫でるのを見ている。抱きしめるのを見ている。キスを落とすのを。褒めるのを。その表情が冷たいままなのを、とにかく覚えようと努力する。首のない僕にはそれが見えていない。僕には見えている。僕は知っている。僕は知っている。この人は、慕うに値しないと。僕は知っている。この人は僕に間違いなくひどいことをしているだけの動物であると覚えようとする。僕の体の仕組みは、彼の体液を必要とするけれど、それを、僕を虐げる種にする権利など、誰も先輩に与えていない。奪ってもいない。
ひどいひどいひどいといつも思っている。本当に。首は愛されていた体と繋がって、体が先輩と交わした約束は僕に流れ込む。体に蓄積された愛撫の痕跡が僕の、頭になるべく蓄えておいた真っ当とか理性や自覚をいっぺんに馬鹿にする。僕は伏せて腰を上げているから、先輩の表情がわからない。それを確かめたいと感じる。愛おしいと。僕は、高まった身体では、快楽をはねのけられずに無様にあえぐ。ひどいといつもわかっている。嬉しいのは作用で、例外なんてない。泣けないから、のけぞるしかできない。僕の体の仕組みは、先輩の体液をスポンジのように飲み干す。ひどい。例外なんてない。先輩はゴミみたいな最低な男だ。いつも。首だけじゃない僕、完全体の僕、確固たる僕であるはずの僕が、ゴミの先輩に犯されて、なお口走る言葉は、先輩を求める内容であった。すなわち、この一連の体験の結論にあたる部分が「先輩を求める」、それであると、先輩は証明して、僕を自己顕示欲とか破壊欲とか性欲のはけ口に使う。僕の口は勝手に、美味しいと言った。欲しいとも言った。先輩の名前を呼んだ。なんならすきになりそうだった。僕の好意の値が知れる。先輩は微笑みかけたりしない。「首がついてるから。」愛された体の記憶に基づいて、僕は愛おしくなる。作用だけでいうなら幸せになりかけている。嘘と幻覚だと分かっていて頭を地面に押し付けられて痛くて辛くてなお恋しい。アイデンティティがある。許せないものがある。信念がある。本当に。本当なんだよ、千切れていれば、熱いだけで済む。全部痛い、精神の切っ先からどん底まで痛い。本当なんだよ、「証明できますか?」「存在意義が、これしかない君に」僕は先輩のことが心底嫌いである。「証明できますか?」僕はもう、叫び声を抑えもしない。「本当に都合良く出来てますね。どういう気持ちで生きてるのか知りたいよ」先輩は笑う。後半になるといつも笑う。先輩が僕に放した排泄物が、暖かい。湿っていて、這って、潤って、染み込んでくる。僕はこれを求めている。僕の目から流れる。先輩の尿が。先輩が見つけた、僕の最悪の仕組みだった。僕は嗚咽を隠さない。僕は何?これを求めて尚真っ当?先輩の高笑いが聞こえる。「泣くのは心地いいね。わかります。君の涙じゃないけど、ねえ」僕はそれでも先輩を愛している。衝動的に。消えたいのと同じくらい衝動的に。「僕も苦しくなりたいな。苦しくなって、やっと泣ける……発作でいいんです。長らく、君が飲んでた、僕の涙は、本当になんの意味もない水なんですよ。僕の、涙だもん。笑える、笑える、甘くも苦くもない。あんなの、君を助けた?それよか、素敵でしょう、おしっこだったら、やっと、ちょっとは潤いますか」こんな短時間で、僕の感情、本当のことは、形も成していない。恋情に似た、出来損ないの形成物に上書きされて。僕には涙が、流れても先輩の尿。僕には感情が、あっても先輩の性処理用品。役割があっても。知識があっても。架空の涙、排泄物が、口に入って、しょっぱくて、水たまりになって、僕はそこに突っ伏して、髪をびちゃびちゃにする。「君じゃあだめなんだって、言ったじゃないですか……君なんている意味がないって……どうして消えてくれないんですか?……君に意地悪を言うのは、本当に、楽しい。たのしいよ、僕に合ってる。上手にできてる。それだけは君の価値ですね。それだけは、誰にも負けない。君には、この世にいる意味があります。」