レクトには体を保つものの内ひとつに欠損があって、シャールに分けてもらわねば生きていけません。それはシャールの体に含まれていて、要はシャールに血や涙や汗をねだらなければいけないわけです。困った都合でした。シャールが血や涙や汗の値打ちを釣り上げたら、レクトはそれに従ってもっと多くを差し出すしかありません。かつては血や涙や汗のやりとりに、シャールの独断が多少下品に出ていました。しかし旅行以降は、お医者のウスルが便宜を図って、わりあいスムーズにやりとりされています。レクトはシャールに礼を欠かしませんでした。実際ありがたいからでもありますが、何よりレクトがシャールに頭を下げる行為に2人の間で値打ちが付いているからでした。ありがとうございましたが高く売れるということです。いつかのウスルがシャールに尋ねたこと、「どうしてお前、レクトに優しくないの」。シャールはそれに、レクトに優しくしないことが、お気に入りなのだと答えました。澄んだ顔つきで語りました。憎くも、厄介でも、嫌いでもないけれど、「レクトに優しくしないこと」を気に入っている。レクトに優しくしないことに値打ちがついている。同じように、レクトの下げるこうべに値打ちがついているというわけです。こんな調子でやってる2人が、でこぼこのない価値の交換で以って、必要不可欠なものをやりとりするにはブローカーが必要だ、ウスルは考えました。それに一番ちょうどいいのは採血してやれて、2人と仲のいい自分自身だということも。

ウスルの家の半分は、キャストのお体を整えたり保ったりする施設にあつらえられていますから、お体の調子にまつわる用事ならばそっちの扉から入って出る手筈ですが、シャールは採血をするときさえ、ウスルがお家をお家として利用するための扉を使ってウスルのところに来ました。

「あとが残っちゃう」

シャールは採血の度、ため息みたいに言いました。あまりに採血が多いから、という意味です。ウスルは硬いものが跳ねたような音をさせて採血管を取り替えながら「またいじけてんの」と言いました。

「それ一本で一回分?」

いんだよそんなこと。ウスルが呆れと表すと、シャールはもっといじけました。

「頭下げるレクト君が見たい。目の前で飲ませて、ありがとうございますって言われるのの、楽しいったらないの、わかるでしょう」

ウスルには、親友が不当な扱いを受けそうな時どうすればいいかの素養がありませんでしたが、手探りで今があります。ウスルがブローカーを申し出た時、レクトは困惑しました。レクトはウスルを信頼していました。ウスルの腕はもちろん、ウスルの優しさを信頼していました。採血管の並んだ黒い平べったい鞄をレクトに渡す度、レクトはウスルについ、すみませんと言いそうになります。

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